AE(アナザー・エピソード)・その村が滅びるのを彼ら以外知らない
深夜、少女は言われた通り、戸口を塞いでいた用心棒を外す。
すると、音もなく開きだす扉。
「シズちゃん、外に出て」
「う、うん。お父さんとお母さん、死んじゃうんだよね?」
「嫌?」
「ううん。もう、酷いことされないなら、いいよ。殴られるの嫌だもん」
小声で告げる少女達は、二人して外へと向かう。
その二人が出たのを確認し、デスマスクを被りし殺戮者が月明かり差し込む室内へと歩き出す。
ブォン、ブォン、ギュイイイイイイイイイイイイイイイッ
「クー姉ちゃんは、後悔しないの?」
「うん。私はもう。決めたの。ネフティアさんにお願いしたら、大人を全員消してくれるって。私、酷いかな?」
「ううん。酷い事したのお父さんたちだもん。私はクー姉ちゃんに賛成っ」
しばらくすると、悲鳴が途切れ、銀光に照らされた少女が家から出て来る。
デスマスクを被った少女は黒い液に塗れて見えた。
「次はミアちゃんの家です。こっちだよ」
ミアの家にたどり着いたクーは控えめにノックをする。すると内部からつっかえ棒が取り外される音がして、ドアが開かれる。
恐る恐る顔を出した少女は、クーとシズを見て安堵の息を吐く。
ミアが出て来ると、ネフティアが家へと入っていった。
「よかった。もうすぐ七歳の誕生日だったから。すっごく怖かったの」
「ミアちゃん凄く嫌がってたもんね」
「でも、これでお父さんとお母さん、居なくなっちゃうよ? ミアちゃんいいの?」
「お父さん酒癖悪いし、よく打たれるし、お母さん庇ってもくれないもん。居ない方がいいよ」
両親の悲鳴が響く。
しかし少女たちはそれを気にすることなく自分たちのこれからを話し合っていた。
「おい、何だこの音は。お前達何をしてっだ!」
音に起きて来たのだろう。隣のおじさんに怒鳴られ、びくりと驚く少女達。
「あ、えと、その……」
「村長たちが死んでたのは、まさかお前達の仕業か!?」
怒りと共にドスドスと近づいて来た男が逃げようとした少女達に追い付くと、クーの髪を引っ張り倒す。
「こんな夜中にガキが何してやがる。悪い子は躾が必要だって聞かされてっだろ!」
拳を握り、倒れたクーに振り降ろそうとした男。その肩に、ぽんぽんと手が触れる。
「何だ? 今俺は悪い娘っこに躾を……」
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイ
頭上高らかに回転するチェーンソウを見た男はただただ呆然とそれを見上げた。
「あ、あ、はあぁぁぁぁぁぁっはべらっ!?」
「えっと、次はサミちゃんの家だよ」
四人の少女は次の家へとやってきた。
この頃になると、音に気付いた家々が灯りを付けだしたり外に出てきたりし始めたので、ネフティアは大忙しだ。
先程の男以外にも外に出て来る男達が居たが、その悉くを屠ると、異常に気付いた村人たちは、もう外に出ようとすらしなくなった。
家の防備を固め、恐怖が過ぎ去るまで待つようだ。
しかし、彼らは知らない。気付いてすらいない。
彼らの側に、こちらの味方がいることに。
カタン、クーのノックに答えるようにつっかえ棒が取り外される。
すると、誰かが殴られる音がした。
ついで怒声。
「テメェ死にてぇのか!? 何つっかえ棒外してやがるっ!!」
だが、新たにつっかえ棒をするより先に、扉が外より開かれた。
「は?」
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイ
「ひ、ひぃぃっ。ば、バケモノッ!?」
男が慌てて逃げて行く。家の奥へと逃げた男を放置して、ネフティアは殴られた少女を起たせる。
「あ、ありがとうございます。でも、あの、私も、私も殺して下さいっ」
「サミちゃん!?」
「もう、汚れちゃったから。私。これ以上この身体で、生きたくないの」
寄って来ようとしたクーをネフティアは閉めだす。
凶刃は、サミの願いを叶えなかった。ネフティアはサミを諭すように頭を撫でて、元凶へと向かう。
ひたり、ひたり、悪夢が近づく。
恐怖に眼を見開き怯える男は、部屋の奥の奥の隅へと逃げ込み、必死に壁に身体を押しつけさらに逃げようと無駄な努力をしていた。
唸りを上げる工具が振りあげられる。
「ひぃっ、ひぃぃっ」
ヨーちゃんという少女の親もまた、ネフティアに追われていた。
彼はなんとか隙を付いてネフティアを押し倒して蹴り飛ばし、外へと逃げ出すことに成功したのだ。
ネフティアを殴り倒して武器を奪おうなど考えなかった。
むしろ考えられなかったからこそ、上手く逃げだせたとも言う。
森に逃げ込み、息を吐く。遥か遠くから阿鼻叫喚が響き渡る。
他の大人達が殺されているのだ。
何が起こった? 何故こうなった?
男は着崩れた衣類を直しながら精神を落ち付ける。
ネフティアを押し倒し外に逃げる際、外に無数の少女達が居た。
おそらく親を失った子供たちだ。だが、彼らの目はネフティアをバケモノとは見ていなかった。むしろ逃げる自分を蔑んだ目で見ていた気がする。
これは反乱だ。娘達をないがしろにしたために起こった、子供たちの反乱なのだ。
村に、静寂が訪れた。
あれ程に上がっていた工具の音も、悲鳴も聞こえなくなった。
ごくり、男は息を飲む。
がさがさっ
びくんっと彼は全身を硬直させた。
まさか、追って来たのか?
恐怖で背中がびしょびしょに濡れる。冷や汗が気持ち悪い。
壊れかけの風車のようにぎぎぎと軋みを上げながら首を背後へと向ける。
がさり。飛び出たリスが男を見つけ、慌てたように逃げ出していた。
「な、なんだリスかよ……」
溜息を吐いて前を向く。そこに……
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
「あ、ぎゃあああああああああああ―――――……」
この日、一つの村が、滅びた――――




