AE(アナザー・エピソード)・その村の風習を彼は知らない
「ひぃ……ひぃぃ……」
民家の一つに身を寄せ、村長は自身に起こった恐怖体験に身を震わせていた。
アレは何だ?
子供なのか? 子供などと言っていいものなのか?
そもそも最初からが不気味だったのだ。
普通の人間に比べればあまりにも血色の悪い青白い皮膚。
一言も喋ることのない大人しいを通り越す人形のような少女。
あれは、きっと、バケモノだ。
ひたり
「ひっ……」
ひたり
何かの音が微かに聞こえた。
それが少女の歩く音だと、村長は思わず息を潜める。
しかし、少女の足音は確実に近づいていた。
ひたり
ひたり
…………
不意に、音が止まる。
何も聞こえない静寂。
村長の耳には自分の心臓の音だけがただただ大きく聞こえていた。
荒い息を吐きながらゆっくりと背後を見る。
少女が、居た。
認識した瞬間、少女が手にしたチェーンソウを掲げる。
「あ、は、はあああああああああああああああああああああああっ!?」
振りあげられたチェーンソウが村長の頭上へと向かって来るのに気付き、村長はへなへなとその場に倒れ込む。
「い、いやぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――っ!?」
村長の頭上数ミリに振り下ろされたチェーンソウが止まる。
目の前にある家から聞こえた少女の声に、ネフティアは攻撃を止めていた。
視線で村長に尋ねる。
「え? あ……こ、これは、風習だ。我が村では娘の七歳の誕生日に父親による初割りがあるのだ。だから……」
最後まで言わせず、村長の襟首掴んで家のドアに投げ込む。
爆砕された家のドアに気付いた裸の男が慌てて出て来る。
ネフティアは即座にチェーンソウのエンジンを点火する。
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイ
「なんです村長。今日は娘の……ひぃっ!? なんだお前はっ」
驚く男に突撃するネフティア。
一瞬で男が絶命した。
室内を覗けば突然の事に呆然としている女の子が一人。
ネフティアの姿を見てびくりと肩を震わせる。
「た、たすけてくれて、ありがと……」
よく分かっていないながらも自分が助かった事だけは気付いたらしい。
お礼を告げる少女に親指立てて返答を返すネフティア。そのすぐ側を、村長が逃げて行く。
ネフティアは即座に村長を追って行く。
室内には血塗れの遺体と少女だけが残された。
「ひぃっ、ひぃぃっ……」
村長は一つの民家に辿りつくと、必死にドアを叩く。
寝ていた住人を起こしてドアを開いて貰うと、即座に部屋に転がり込んだ。
厳つい男はこの村一番の力持ち。妻によく暴力を振るう男だが、こういう時には頼りになる男である。
「どうした村長? 夜更けに随分と騒がしいな」
「た、助けてくれっ。殺されるッ!」
「はぁ?」
「貴方……なにがありました?」
「うるっせぇ。テメーは起きてくんじゃねーよっ、ぶん殴るぞッ」
気になってやって来た妻の頬を殴りつけ、男は妻を寝所へと蹴り出す。
「ちっ、顔が良くなけりゃこんな女妻になんかしなかったのによっ」
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」
突然、入口の方から何かが聞こえた。
男がなんだ? と見てみると、ドアに差し込まれた金属がドアを切り裂いている。
「お、おいおい、何だあれ?」
「ば、バケモノ、バケモノが来る……」
村長は部屋の隅で震えていた。
もう嫌だ。アサなどに手を出さなければよかった。
後悔は既に遅い。貴族を手に掛けたところを見てしまった自分は確実に処分される。
逃げるしかない。この村から逃げるしか、生き延びる道は……
「ふざけやがって! 俺の家だぞクソがッ!!」
傷付けられたドアを自ら蹴り破り、目の前の誰かに向けて自慢の拳を叩き込む。
腕力で黙らせてやる。そのつもりだった。
数秒後、男の野太い悲鳴が上がった。
村長は目を見開き、見た。暗がりにひたりひたりと近づくデスマスクの少女。その右腕にはチェーンソウという名の無骨な工具。そして、左手にぶら下がっているのは……
「ああ、あああっ。ひぃああぁぁぁ――――っ!?」
……
…………
……………………
「……んぁ?」
チュンチュンと、朝日と共に鳥の鳴く声で彼は目を覚ました。
パンク頭の男はスキン部分をぼりぼりと掻きながら立ち上がり、外へ向うと朝の陽ざしに目を細めつつ胸いっぱいに空気を吸い込む。
村の中央に村人が集まっているのを見つけた。
「おうお前ら、何してんだ?」
「ひぃっ、ヒャッハー!? あ、村長の客人の?」
一瞬驚いた村人たちだったが、一人が気付くと、ようやく彼が魔物ではなく普通の冒険者だと気付く。
「そうだ。冒険者なら調べてくれねぇかい?」
「ああ? 何がだよ? 何を調べろっての?」
「これだよ。昨夜来てたらしい御貴族様が惨殺されちまってんだ」
「うわっ、こりゃ酷い」
現場を見たアキオは思わず顔を顰める。
「向こうの家も見てくれ、ダーガンの奴が殺されてる。あっちじゃメロッサムが村長と共に殺されてた。一体この村で何があったんだ? メロッサムの嫁に聞いても知らないと言うし、ダーガンの娘はバケモノさんが助けてくれたの一点張りだ。意味がわからん」
しかし、死体を見たアキオだけは即座に気付いた。
「あー。俺は魔物退治ならできるが、推理とかは苦手だなぁ。他の冒険者に頼んでくれや」
だが、気付いたことを気付かなかったことにした。
ここで何があったのか、アキオが知ろうとすることは金輪際なかった。




