プロローグ・その幼女たちの危機を僕らはまだ知らない
その日、のじゃ姫改めのじゃ巫女姫、言いにくいのでやっぱりのじゃ姫はワンバーカイザーの上に大の字に寝っ転がり、さんさんと照りつける日溜まりの中、すぅすぅと寝息を立てていた。
ワンバーカイザーは散歩中らしい。草原をゆったりとした動きでカレーニャーの森近辺向けて歩いていた。
途中辺りまで街道を闊歩し、再びゆっくりとコルッカに転進するいつもの散歩コースである。
本日も普通に散歩してアメリス邸に戻るつもりだった。
だが、その日、目の前にそいつは待っていた。
黒いタキシードと帽子をかぶった男爵姿の男。
「のじゃぁ……?」
気配を感じたのだろう。寝返り打って起き上がったのじゃ姫が目元を擦りながら起き上がる。
「のじゃ?」
ロリコーン侯爵が何故こんな場所におるのじゃ?
そんな疑問を呟くが、ワンバーカイザーに分かる訳も無かった。
男の元へと近づくと、男はにこやかに挨拶してきた。
そこでようやく知り合いの侯爵ではなく別個体であることに気付く。
「お嬢さん、飴をあげよう」
「のじゃ」
ありがとうなのじゃ。と受け取った飴を舐めはじめるのじゃ姫。全く警戒無く受け取り口に含んでしばらく、なぜか眠気が襲って来た。
こてんっとワンバーカイザーの上に寝転がったのじゃ姫はクゥクゥと寝始める。
そんな彼女を無造作に御姫様抱っこする男に、ようやくワンバーカイザーも疑惑を持ちだした。
グルルと唸るワンバーカイザー。しかし、男は気にすることなくニヤリと笑う。
「では、ごきげんよう。お嬢さんは……頂いて行きます」
ふぁさりとマントで自分とのじゃ姫を覆い隠す。
ワンバーカイザーが飛びかかった時には、既にマントごと男の姿が消え去っていた。
「ウ、ウォォォォォォ――――ンッ」
やってしまった。油断した。
ワンバーカイザーの嘆きの声が、空しく響き渡った。
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「ただいまお父様っ」
「おー。お帰り」
コルッカで勉強をしていた自慢の娘が自宅へと帰って来た。
ゴードン・ダンデライオンは愛娘のトパーズァを破顔した笑みで出迎えた。
元気一杯亜麻色のストレートヘアを靡かせゴードンに突撃した幼い娘を抱きしめ抱き上げる。
腕に座らせ自分の顔横に彼女の顔が来るよう抱えたゴードンは嬉しさ満面で尋ねる。
「病は大丈夫か?」
「もぅ、何週間前のことですのお父様っ。あ、そうです、あの、御紹介します。向こうで知り合いになったんです」
と、視線を屋敷の入り口に向けるトパーズァ。その視線の先には金髪の気が強そうな少女が不安げに立っていた。紹介されたことに気付き慌てて貴族式の礼を取りスカートを手にしてお辞儀する。
「サフィーア・ガルレオンですわ。よろしくお願いいたしますの」
「おー。ガルレオン家の娘さんか。娘が世話になってるみたいだな。まぁいい。ほら、中庭に茶菓子が用意してある。二人で話しもあるだろ、行って来な」
「まぁ。さすがお父様。すでに用意してくださっているなんてっ。大好きですっ」
「お、おお、そうかぁ。ぬはは。この位お安い御用だ。がっはっは」
二人が駆けて行く。その後ろ姿を見守り、ゴードンは顔がにやけるのを隠すのに苦労していた。
その顔は、中庭に向かった途端凍りつく。
中庭に居た初老の男が何故か二人に飴を与えていた。
中庭に居るのでゴードンの知り合いだろうと飴を舐めた二人がぱたぱたと倒れ、男が二人を抱き上げる。
呆然としているゴードンを一度だけ見て、言った。
「では、ごきげんよう。お嬢さんは……頂いて行きます」
「ま、待て……待ちやがれクソ野郎ォォォォォォ――――ッ!!」
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「でね、ミーちゃんはね、お父さんのために弁当作ってあげるーって言ってあげたの」
「へー。そうなんだ」
中庭の一角に座っていたミズイーリはゲームしながら話を聞く隆弘に楽しそうに話す。
二人が知り合った切っ掛けは忠志とオーゼキが中庭のヒヒイロアイヴィ前で話し合いをしていた時だ。弁当を持って来たミズイーリと忠志に用事があってやって来た隆弘が出会い、年齢が同じ位なので話をし始めたのである。といっても殆どがミズイーリの会話で、隆弘はそれに相槌を打つ程度だが、初めて家族以外の異性と話したこともあり、何を話していいのか分からずゲーム画面に目を落とし頷くだけになった。当然ながらゲームの内容など頭に入らず先程から画面が動いていない。
「だからね、ミーちゃんは……」
「お嬢さん、飴をあげよう」
「ふぇ?」
「なんだおっさん?」
不意に、二人の目の前に、そいつはいた。
飴を与えられたミズイーリは迷いなく食べる。
そして、パタリ。急に眠りだし、隆弘に倒れる。
思わず受け止めた隆弘は、目の前の男を睨む。
「あんた、何者だ?」
「余分が居るが、まぁいい……お嬢さんは……頂いて行きます」
「なっ!? ちょ。助けて父さ――――っん」
タイミング良く中庭にやって来た忠志の目の前で、愛すべき息子と友人の少女が連れ去られるのを、彼はただただ見ているしかなかった。
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「小父様?」
「フォッ。どうやら、幸せの時間は終わりのようです。幼女たちの……悲鳴が聞こえた」
その男が立ち上がった。
幼女との甘い生活をずっと続けていたかった。
だが、彼にとって幼女とは世界に存在する全てが愛すべき存在であり、彼女達の涙を無くすことこそが使命であった。
「行かねば、ならん」
「行ってしまわれるのですか? ならば私も……」
しかし、縋る少女に首を振り、否定する。
「ハロイア。この闘いは、奪われし男達の物。あなたはただお待ちください。幼女たちを……守りに向かいます。帰る場所を……頼みますよ」
「はい……ロリコーン侯爵様」
男は優しくハロイアの頭を撫で、扉を開く。
さぁ、戦士の休息は終わった。
幼女たちよ、待っていろ。
幼女たちが攫われた。ワンバーカイザーが、ゴードンが、唯野忠志が、ロリコーン侯爵が怒りと共に動き出す。
「「「待っていろ、今、助けるっ!!!」」」




