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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第四話 その家族のすれ違いを家族は知りたくなかった
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その思い出の光景を彼らは知らない

 リエラたちは中庭を後にする。

 丁度中庭で一緒に食べよう。とミズイーリに言われて弁当を広げたオーゼキさんが、暗黒物質の群れにうぐっと呻きを発していたのだけど、あれは落下したからどうこう以前の発癌物質の塊ではなかろうか?


 数年前にミズイーリを産んで直ぐに死んでしまった妻の代わりに父親の為に食事を作り始めたミズイーリちゃんだが、まだまだ弁当を作るにはスキルが足りないようだ。それでも美味しいと食べるオーゼキさんを見ていられなくて、リエラたちは早々庭から引き上げたのだ。

 彼が早死にしない事を切に願う。


 あと、食事前に中庭の中心でアルセがヒヒイロアイヴィを発動してジャングルジムみたいな入り組んだ蔦を生成してミズイーリと遊んでた。これどうするの? 置いといていいの? まぁいいや。リエラが後で素材として使って下さいとオーゼキさんに言ってたし。

 懐かしいなぁジャングルジム。公園には結構あったけど危ないからって理由で無くなったんだよなぁ。他にもシーソーとか、鉄棒、土管、雲梯、太鼓梯子、チェーンネットクライム、グローブジャングル、パーゴラなんかも見なくなったなぁ。


 ついでに中庭の一角に梅の木発見しました。多分ジューリョ王子はここで青酸を手に入れたんだと思われます。でも、そう言えばジューリョ王子って呼吸困難や麻痺、痙攣は起こさず即死だったんだっけ? 青酸の症状じゃないような……あ、あ~。多分あれだ。


 中庭のさらに奥まった場所にひっそりと佇む蔓性の低木を見付けた。恐ろしいモノがひっそりと生えてやがる。

 ストロファントゥスだ。何でこんなものがあるのか知らないけど、そういえばジューリョ王子は口内から血を流したとか言ってたっけ? 多分青酸云々はダミーか何かだな。本当の死因を隠したのはこの木を悪用されないためだ。

 この花の種から取れる毒液は舐めても問題無いらしいけど血中に混じると数秒でゾウでも死ぬと言われてるからな。危ないから回収しとこう。

 

 リファインとメイリャは中庭でこれからの事に付いて話し始めていたので置いて来た。どうせ部屋で会うんだから問題ないよね?

 リエラたちに合流してしばらく歩いていると、中庭の見える渡り廊下の柱に隠れるように佇む一人の女を発見。

 静代さんです。途中退席した唯野さんより先に見つけちゃったよ。


「あれ? 静代さん……ですよね?」


「え? ええ……あなたはセキトリ王子と来られた冒険者ですね。何か?」


「いえ、その、先程途中退席なさっていたようですけど、理由をお聞きしても?」


 リエラとしても気になっていたようだ。

 ハリッテ王子の隣にいた彼女はハリッテ王子が泣きながら決意していた状況を見るのも嫌だといった顔で出て行ったからね。


「理由なんて大したものじゃないの。それこそ他人に言うべきことではないわ」


「それはそうですが……あの、唯野さんの妻、なんですよね? なぜ唯野さんを嫌うような態度を?」


「ああ、あの人とも知り合いでしたね」


 面倒臭そうに、静代さんは息を吐く。


「あの人と一緒になって30年程、ずっと一緒だったわ。確かに、最初の数年は輝いて見えた。当時は若かったもの。私も、あの人も。今では禿げて太って下を向いて。ブラック企業のクビ候補。いつも切られないかびくびくしながら、私達の顔色を伺ってお金を家庭に納めるだけの生活よ」


 唯野さん、苦労してるなぁ……僕も普通に生きてればそんな生活が待ってたんだろうか? いや、それはないな。そもそも彼女すらできてなかったから結婚できるかどうか……

 ほんと皆、どうやって結婚まで漕ぎ着けれる彼女が見つかるんだろう。それだけでも幸運だと思うんだけどなぁ。

 僕から見れば唯野さんみたいな容姿の人に妻がいること自体が驚きなんだけど、それはやはり老いという現実が姿を変えたせいなんだろうか?


「もう、限界なのよ。あの人も気付いてるはずよ。私にはもうあの人と一緒に居たいと思える情すらないの」


 これはもう、ほんと無理だなぁ。唯野さん、やっぱ自力でどうにかできる段階じゃないと思うよ?


「で、でも、唯野さん、変わりました。見てましたよね。それでも、ダメなんですか?」


「確かに、昔みたいに恰好良く見えた気はしたわ。でもねお嬢さん、現実っていうのは甘くはないの。この世界で過ごすのならばまだしも、ジューリョ王子の死について真相が暴かれた以上私達が残る意味はないわ。用意が整い次第、日本に返される。その先に何が待ってるか、分かる?」


 冷めた表情で告げる静代さんに、リエラは押し黙る。日本の生活と言われても彼女には想像できないのだ。当然、反論などできる訳が無い。


「また逆戻りよ。企業の歯車に入って土下座して、草臥れて。結局いつも通り。人って言うのは早々変われるものじゃないのよ」


「それは……」


「私はもう、あの人には何も期待してないの。日本に帰ったら離婚届に判を押して子供たちと……」


「待ってくれっ」


 静代さんの言葉を遮って、彼は肩で息をしながら駆け付けた。

 ずっと駆けまわっていたのだろう。汗だくで着崩れて、それでもついに、彼は妻に辿りついた。


「あなた……」


「はぁ……はぁ……やっと、やっと見つけた……」


 息を整え、驚く静代さんへと近づく唯野忠志。

 もう、逃さない。もう、見失わない。

 男の決意の顔が、そこにはあった。


「聞いてたの? なら、私の答えはわかったでしょう」


「ああ。知っている。お前は既に私に期待をしていないことくらい、分かっている。日本に戻った時、私は確かに会社の歯車に嵌められるだろう。だが、もはや会社に固執する意味はないんだ」


「あなた……まさか会社を辞める気? 正気なの? それで入らなくなったお金はどうするの? 私達を路頭に迷わせるつもり?」


「違うっ。気付いたんだ。あの会社でずっと辛い思いをしながら金を稼ぐより、もっとやりようはある。隆弘と、沙織と相談して、これからどうするか決めている。だから、もう私は下を向く気はないっ」


「だからって、もう、遅いのよ……」


「遅いのは分かってる。それでも、それでもだ。隆弘がいて、沙織がいる。そして隣に妻がいる。それが私の生活だ。私の人生だ。もう一度。もう一度だけでいい。静代。私を見てくれっ。私の過去じゃない。今を見てほしいっ。私に好機チャンスをくれっ!!」


 ただ只管に、自分の想いをぶつける唯野さん。

 静代はその剣幕に一瞬押され、でも……


「ごめんなさい、私はもぅ……」


 さっと、彼女・・は動き出した。

 断ろうとした静代さんと必死の唯野さんの間へと割り込むと、唯野さんの左手を掴む。


「え?」


 緑色の小さな掌が、唯野さんを引き寄せた。

 驚く唯野さんを引き連れて、アルセは静代さんの右手を掴む。


「ちょっと?」


「おー♪」


 それは、何を思ってのことだったのか?

 アルセは二人の手を支えに、自分の足を浮かせた。

 まるで両親の腕に掴まり、ブランコでもするように…… 


「アルセちゃん……」


 唯野さんに笑みを向け、楽しげに「おーっ」と告げると、静代さんにも笑顔を向ける。

 無垢な笑みを見せられた二人からけんが取れて行く。

 しばし二人して揺れるアルセを見続け。ふと、気付く。

 顔を上げて見合ったのは、互いの顔。


 随分と年老いた。容姿も変わってしまった。それでも……

 それでもこの光景に、静代は思わず涙した。

どうでもいい豆知識

 ストロファントゥスとは、アフリカにあると言われるキョウチクトウ科の蔓性低木で種から取れる毒液は、ゾウやサイなどの厚い皮膚を持つ大型生物でも、急所以外にこの毒液付きの矢を受けただけで数秒で死ぬ猛毒を持つ。

 ただし、毒液自体は舐めても無害らしく、毒で倒した獲物の肉を食べても無害。血液と混ざると一気に毒性を発揮して心臓を止めるそうです。

 ジューリョさんはシコフミさんに魔法で育成してもらい、種を入手。毒液を口内に入れておき、ダミー用の青酸入り頭痛薬カプセルを飲んでから食堂で舌を噛んだようです。

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