その王子がひた隠しにした秘密を王は知らなかった
「私は……私が王になろうと思ったきっかけは……」
少し辛そうにして、でも決意した顔で皆を見るハリッテ王子。
「ジューリョのためだ」
王子は迷いなく、堂々と告げる。
「ジューリョの、ため、だと?」
何も知らない王はただただオウム返しに彼の言葉を促す。自分の知らない事実が幾つも出て来て理解が追い付いてないようだ。
「ジューリョはあの日、父から自分が王位継承候補者であると知らされたって、私に告げて来た。第一継承権を持つ私に、どうしたらいいか、そして自分を嫌わないでほしいと、泣きながら告げてきたんだ。当時は8歳。あんな小さな子に王位なんて背負わせるべきじゃないことは分かり切ったことだったでしょう父上」
「し、しかし、お前は素行が悪く腹黒い。女グセも悪い。プライドも高かったし、王にさせるには不安があった。ギョージは粗暴で口が悪く、喧嘩っぱやい。全てを腕力で解決しようとする。セキトリは放浪グセがあり冒険者を目指すといいだす。この中で誰を王にしろと言うのだっ」
王様、既に隠す気も無く自分の子供たちを扱き下ろす。
しかし、ハリッテ王子もギョージ王子もセキトリすらも、王の言葉に目くじらを立てる気はないようだ。
右から左に聞き流し、彼らはハリッテ王子の言葉を待ち、ハリッテ王子も王の口が閉じるのを待って口を開く。
「だからといって未だ年端もいかない弟に全ての責任を押し付ける訳には、行かないでしょう。だから、私は告げたのです。ジューリョの代わりに、立派な王になると。彼を王にしないために、私が王として相応しい存在になればいいと。ジューリョも泣きそうになりながらも、なら僕が教えます兄様。そう言った。初めは何を言っているのかと思ったが。ジューリョは本当に聡明だった。私には勿体無いほどの出来た弟だ」
「お、おいおい、じゃあ、兄貴の素行が収まって腑抜けになったのは……」
「腑抜けになった訳ではない。ジューリョに指摘されていたことを直して行っただけだ。立ち振る舞い、貴族との話し方。回りくどい口調の応酬。政策の作り方に纏め方。政治を行う上で必要なこと、全てジューリョに教わった」
そう、ハリッテ王子もギョージ王子も、ジューリョ王子に教わったのだ。
ハリッテ王子は政治と国を治めるべき文官的作業の全てを。ギョージ王子には軍部の掌握と指揮についての国防法を。
だからそこで、二人は気付いた。王より先に、ジューリョ王子と密接に関わって来たからこそ、二人は互いに教わっていた物に関して、欠落があることに気付いたのだ。
「ギョージ、一つ、聞いていいか?」
「兄貴、俺も、聞きたい事がある」
「軍務を習ったのか!?」
「政治を習ったのか!?」
見事声がハモった。
そして知る。ハリッテ王子の習いそびれた軍務についての心得などを、ギョージ王子が。ギョージ王子が習いそびれた財政などの政務をハリッテ王子が、互いに互いをフォローできるように、二人で王としての作業を滞りなくできるように、二人は欠落している知識を補う知識を教え込まれていた。
「ど、どういう……」
「兄貴、これって。そういう、事なのか……?」
二人とも、答えに辿りついた。しかし、信じられないその答えに、互いに確認し合おうとする。
そんな時間は無駄なので、リエラはアカネからあの羊皮紙を受け取った。
「僕が、王になるように、父上に言われた」
「は?」
「お、おい、リエラだったか、その紙はなんだ!?」
ハリッテ王子が呆然とリエラに視線を向け、ギョージ王子が聞いて来る。
しかし、リエラは二人に反応することなく、羊皮紙に書かれた事を告げて行く。
「正直な話、僕が王になったら兄さん達がどうなるのか、想像が付かない。だから、僕は考えた」
それが、誰が書いたものなのか、聞かずとも王族は気付いてしまった。
皆、押し黙りリエラの声に耳を傾ける。
「僕が王になって兄さんたちの不評を買うくらいならば、僕が教えて兄さんたちに王になってもらえばいいんだ。だから、ハリッテ兄さんを王にすることにした。まずは兄さんに話して、王を目指して貰う。僕が足りない事を教えればきっとこの国をよりよい国にしてくれる立派な国王になってくれると思う」
ハリッテ王子はジューリョ王子の顔を思いだしたのだろう。目を瞑り、虚空を見上げ、涙を滲ませる。
「ギョージ兄さんにも手伝って貰おうと思ったら、向こうから声を掛けて来てくれた。ハリッテ兄さんの素行が鎮まったのを王に成れなくなったと思って不抜けた。と思ってしまったらしい。自分が王になるといいだした。困った。ハリッテ兄さんを王にして、その宰相をギョージ兄さんにと思っていたんだけど、こうなると計画の変更が必要だ。だから、僕はハリッテ兄さんとギョージ兄さん。二人ともに王としての心得を教えることにした。二人が互いに争うためじゃない。ハリッテ兄さんには内政を、ギョージ兄さんには外交を中心にして教えることにした。きっと、どちらが王になっても、互いを支えて豊かな国にしてくれると信じて」
「あの、バカ野郎……」
ギョージ王子が悔しげに拳を握り涙を滲ませる。
「二人なら十分やれる。そう確信できるようになった。二人とも僕を王にしないために、必死に自分が王になるんだと凄い勢いで覚えてくれる。だから、もう教えることはなくなった。後は……後は、もう一人の王候補が居なくなればいいだけだ」
ごくり。誰かの喉が鳴った。
その羊皮紙に書かれていた、ジューリョ王子毒殺事件の真相。彼を殺した犯人は……
「僕が死ねば、父上は二人から王を選ぶしかなくなる。だから、お願いします父上、ハリッテ兄さん、ギョージ兄さん。この国を素敵な国にしてください。愛する家族へ、ジューリョより」
そう、ジューリョ王子を暗殺した犯人。それはジューリョ王子、自身だったのだ……




