AE(アナザー・エピソード)・その王の危機を彼らは知らない
笑いが足りない。そんな気がして思わず書いた。
謁見の間。アルセ姫護衛騎士団が立ち去ったそこに、未だ国王ハッケヨイ、宰相シコフミが残っていた。ハッケヨイは玉座に座り、シコフミを側に立っている。
彼らは困惑した顔で玉座向かいの謁見場を見る。赤い絨毯が敷かれ、玉座より少し段差を設けられ低い位置に、女が一人、否、魔物が一匹。
アルセ姫護衛騎士団が散開した後に、一人だけそいつは残っていた。
命令も与えられていないのでその場でずっと服を編んでいるのである。
アラクネさんだった。
謁見者が出て行ってくれないので下手に謁見の間を後にすることもできない国王とシコフミ。
かといって魔物を強制的に部屋から出すとなると、暴れられたら大問題だ。兵士達にいらぬ傷を負わせてしまう。
早く出て行ってくれないだろうか?
二人の想いは一つであった。
別に放置して部屋に戻るのもアリなのだが、今は彼の部屋も探索されている時である。ならばまだここにいてもいいだろう。そう思ったのがいけなかった。
国王は今、密かな危機に襲われていた。
「シコフミ……」
「何でしょう?」
「膀胱が……破裂しそう」
「トイレに行って下さい」
「し、しかし、謁見者が……」
「魔物ではないですか、今なら問題はありません、ここは私が受け持ちます」
「う、うむ、では……」
国王が立ち上がろうとした、その刹那。
「陛下、謁見者が来られました! いかが致しましょう?」
「おぐぉぅっ!?」
突然開いた扉にびくんっと身体を引き攣らせ、椅子に座り直す国王陛下。その顔は脂汗が浮かんでいた。
「と、通せ」
「はっ!」
兵士が答え、扉を開く。
やって来たのは……
「「「「「「「「「にゃーっ」」」」」」」」」
にゃんだー探険隊だった。
「な、なんだあの生物は?」
「魔物、でしょうか? アラクネに纏わりついていることからアルセ姫護衛騎士団のメンバーでしょう」
にゃんだー探険隊はアラクネに纏わりつきにゃーにゃーと口々に告げる。
「にゃー(大変にゃー)」
「にゃー(助けてにゃー)」
「きゅる?(私?)」
「にゃー(仲間が一人消えたにゃー。部屋からでてないのに消えたのにゃー)」
「きゅるる……(仕方無いですね。どちらです?)」
猫達に纏わり付かれながら、蜘蛛娘が動き出す。
服を編みながら猫達に案内されるまま、彼女は謁見の間を後にした。
国王陛下、好機である。
「陛下、人もいなくなりました。どうぞトイレに」
しかし、ハッケヨイは動こうとしない。
シコフミはハテナ? と首を傾げ、彼を見た。
真っ青な顔をしていた。
もう、一言でも喋ったら終わる。そんな絶望的な顔だ。
「へ、陛下?」
「出る……少しでも動いたら、漏れちゃう……」
「で、ですが動かなければトイレに行けません。そっと、そーっとです。もう、阻むものはないのですよ! 陛下」
言われ、ハッケヨイは命がけでゆっくりと動く。その動きは蝸牛よりもなお鈍く、しかし、致命的だった。
「はおぅっ!?」
身じろぎした瞬間、彼に襲いかかる究極の危機、これ以上動けば……終わる。
「にゃーっ」
突然、背後の王族部屋へと続く通路からにゃんだー探険隊が一匹現れる。びくん、国王の身体が震えた。
「ああ、待つですにゃーさんっ。あの通路になんで居たんですか!」
「テッテ待って、そっち謁見の間! ああ、国王陛下、申し訳ございません。決して侮辱しているわけではないのです、この度の事は不問に」
「い、良いですから早く出て行きなさい!」
にゃんだー探険隊一匹を追ってやってきたテッテを追って、レティシャが部屋に入って来る。しばらく鬼ごっこを終えた後、彼らは来た道を引き返すように戻って行った。
シコフミは去った危機にふぅっと息を吐く。
もう、邪魔は来ないだろうと思った矢先、国王が全く動いていない事に気付く。
玉座を見れば、既に事は終わっていた。
玉座から流れ落ちる川が段差を下り赤い絨毯へと広がって行く。
天空から光射しこむように、今、一人の男の人生が、終わりを迎えていた。
妙にさわやかな笑顔で国王は虚空を見つめておられた。
「こ、国王陛下……」
「謁見は……ここまでじゃ……」
「ああ、なんと御労しい……」
シコフミは涙を流し悔しがる。
謁見の間。それは王族にとって戦場である。
謁見者が居る時、彼らは玉座から動く事を禁止される。
よって、トイレに行くことはできず、何時間も椅子に座る。
だから、王は痔を患う事が多く、そして、玉座はよく……濡れる。
乙女のように泣きだした国王を放置して、シコフミは魔法で証拠を洗い流す。
宰相の仕事には、国王の威厳のために決して残してはならない証拠を揉み消す役割もあるのである。
本日も、国王の危機はなかった。
玉座が濡れることはなく、国王はただただ玉座に座り続けているだけだ。
ドドスコイ王国は、今日も平和であった。




