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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第三話 その家族を守る英雄がいることを彼らは知らなかった
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AE(アナザー・エピソード)・その男の力の源を彼は知らない

 もう、止めよう。

 自分は望まれていないことをしている。

 これはただの自己満足だ。娘のためなどでは決してない。

 娘を誰かにの嫁にやりたくない。その為の我がままだ。


 娘が嫌がってないのなら、いいじゃないか。

 私がバカやって傷付いただけじゃないか。

 さぁ、眼を瞑ろう。ここで終わろう。娘の幸せを、ただ願お……


「……で……さん……」


 何かが、聞こえた。

 もう、休もうとしていた身体が止まる。

 空耳などではない。

 聞き間違える訳が無い。

 愛しき娘の悲痛な声を、聞き間違える訳が無いっ。


 ああ、なんだ……


 ぴくり、指先に力が籠る。


 私の、独りよがりでは、なかったのだ。


 ぴくり、掌を地面に付ける。


 娘は、王子の元へ走ることなく、私に叫んでいた。


 腕に力を込める。


 負けないで、父さん。と。


 震えながら、上半身を起こす。


 ならば、応えずして、何が父親か?


 片膝を立て、掌を膝に、立ち上がる。


 娘が私に負けるなというのなら、このまま休む訳にはいかない。

 ああ、その通りだ。何を弱気になっていた?

 家族を守ると誓っただろう。この身体より先に、敵を侵入はさせないと、誓ったばかりじゃないか。

 立ち上がれ唯野忠志。お前の背中で声援を送る娘の声がある限り。お前に負けは許されない。


「おい、シコフミ。まだか、さっさと勝利宣言をしろ。結婚式の準備に行きたいんだ」


「何を言ってるんです? まだ終わってませんよ」


 立ち去ろうとしていたギョージ王子は、審判役であるシコフミの言葉に怪訝な顔で振り向く。

 その視線の先に居たのは、私だった。

 既に頭はハゲ散らかし、顔はボコボコにされ、ビールっ腹にふらつく手足。

 それでも、私は起っていた。


 自分でも、不思議なくらい、立てていた。

 泥のように重かったはずの四肢は羽のように軽い。

 背中越しに聞こえる娘の声援が、涙声で必死に負けるなと叫ぶ少女の声が、私の身体を軽くする。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――っ」


 まだ負けてはいない。

 そう告げるように、吼えた。

 生まれて初めてだと思うほどに、自分の腹から飛び出る大声。

 ビリビリと空気を揺らし、ギョージ王子さえも思わず一歩後ろに退く。


「て、テメェ、アレだけくらってまだ起つのかよっ!?」


 走り出す。


 拳もダメ、蹴りもダメ。私のリーチではギョージ王子にダメージなど与えられる訳が無い。

 それでも。走る。走る。走るっ。

 その速度は、まるで光を越えそうな気すらして来る。


 目の前にはただギョージ王子のみ。

 驚愕に眼を見開き、眦つり上げ怒りの顔で拳を振り被る。

 ブチ殺す。目がそう言っていた。


 拳が振るわれる。

 私の真正面。顔面を穿つその拳。

 私は既に知っていた。あれだけ執拗に顔面を打たれたのだ。誰だって理解する。


 だから、私は身体を沈める。

 深く、深く。もっと、深くっ。

 そして、ただの一度に全てを掛ける。


「なっ!?」


 家族の為エインヘルト・の英雄譚フューァファミーリエ

 そのスキルを使うのは初めてだった。

 何が起こるか全く分からない。でも、使える武器は全てを使う。

 だから私は……拳も、蹴りも放たない。ただただ沈めた頭を、前にッ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッ」


 突き出された拳が頭の上を去って行く。

 毛髪が数本刈り取られたが、娘のためならば、惜しくないっ。

 雄叫びと共にそのまま突っ込む。

 ちょうど拳を引きもどし、筋肉が弛緩した瞬間、絶妙のタイミングで腹へと突っ込むバーコードヘッド。


「ぐぼぉっ」


 ギョージ王子を押し倒す形で地面に倒し、勢い余って転がった私は土塗れで地面に横たわる。

 いかん、身体が、動かない……首がグキッと音をたてた気がする。折れてないだろうか?

 荒い息を吐きながら、なんとか首を動かしギョージ王子を見る。

 どうなった? 彼は動いてないのか? 私は……


「父さんっ」


 抱き起こされた。

 誰かと思えば沙織じゃないか。

 どうした。そんなに泣かないでくれ。


「バカっ。ほんとバカっ。何熱くなってんのよ。あたしなんかのためにっ。バカ、バカ親父っ」


 そのまま本気で泣き始めた沙織を、なんとか震える手をまわして頭をなでる。


「なんだよ、今まで、ずっと、なのに、なんで……」


 既に言葉の意味が分からなくなってしまっているのだが、娘は何かを伝えようとしているようだった。

 しばらく待っていると、不意に視線を感じた。

 そちらに向けると、大地に四肢を投げ出したままのギョージ王子の顔があった。


「クソ痛ぇ……」


「ギョージ王子……」


「ったく、親父の底力かよ。愛されてんなぁ沙織」


「王子……まぁ、な。自慢の父さんだ。いいだろ?」


 涙ながら微笑む沙織。その顔を見たギョージ王子は目を見開き、悟ったように顔を真上に向けた。

 決闘場の天井を見ながら、ふぅっと息を吐く。


「シコフミ……俺の負けらしい」


 ギョージ王子の呟きで、シコフミさんが勝利者に私の名を、高らかに告げるのだった。

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