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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第三話 その家族を守る英雄がいることを彼らは知らなかった
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AE(アナザー・エピソード)・その打ち勝つ術を彼は知らない

 私、唯野忠志は立ち上がる。

 顔面が焼けつくようだ。物凄い痛い。

 鼻は曲がっては無いようだ。確認したが鼻血すら出ていなかった。


 しかし、メガネはもう駄目だろう。

 フレームも曲がっているし、レンズは完全にひび割れ、後一撃喰らえば眼にガラスが突き刺さるだろう。

 仕方無くメガネを投げ捨てる。ああ、レンズが割れ飛んだっ!? 五万円もしたのにっ。


 ぼやけた視界で相手を見る。

 もはや自分との実力差を確信したようでニヤついている。

 ギョージ王子の肉体を見ると、確かに私では打ち勝つ術は見当たらない。

 それでも。これは負けるわけにはいかない闘いだ。


 娘を守る、その為にっ。

 走る。雄たけび上げて、生まれて初めて他人に拳を固め、打ち込む。

 が、次の瞬間顔面に衝撃が走った。


 吹き飛ぶ身体がごろごろと地面を転がる。

 拳が当るより先に、ギョージ王子が振り被った一撃が私の顔面を穿ったのだ。

 リーチが違い過ぎる。

 こちらが拳を当てるより先にギョージ王子の射程に入り、迎撃される。


「がはっ」


 口の中を切ってしまったようだ。鉄の味がする。

 口元に垂れた血を拭う。

 汗だくのせいで頭の毛が変な状態になっているが、気にしている暇はない。


「はっ。もう完全に理解できたんじゃねぇのか忠志っ。お前じゃ何年かかっても俺には勝てんぞ」


「それでも、娘をやるわけにはっ」


 走る。

 無我夢中で拳を突きだす。

 腹に衝撃。内臓が揺れた。蹴りが突き刺さっているのが見えた。


「ごはっ」


「ふん。娘のためぇ?」


 崩れ落ちる私の頭を掴み上げ、ギョージ王子は怒り顔を私に向けた。


「テメェが今まで娘に何をした? 何が出来た。娘が喜ぶ事をして来たのか親父さんよっ!」


 ボディーブローと共に言葉の暴力が突き刺さる。

 ああ、その通りだ。私は、私は今まで何もしなかった。何もしてこなかった。

 ただ家族のためにと、身を粉にして仕事に精を出し、家族旅行をすることもなければ、ただただ家族に金を納めていただけだ。


 娘に何をした? 何が出来た? 娘が心の底から微笑んでくれたのはいつだった?


「沙織はなっ。俺に言ったぞ! テメェは役に立たねぇクソ親父だってな」


 娘……が?

 顔面を、身体を、岩のような拳で撃たれながら、私の意識は朦朧となっていく。


「小学校だったか? それまでは頼れる父だったのに、テメェーは太って禿げて、家族との接点を断って、仕事に打ち込んで行ったらしいじゃねぇか! 何が娘を守るだ。今更父親面すんじゃねぇぞクソ野郎ッ。テメェの役目はもう終わってんだよッ! 親父・・もテメェも、子供の事なんざなんとも思ってねーんだろッ。何が父親だ。国王だ。クソがっ」


 ああ、ダメだ。私は、私は何をしているんだったか?

 娘のため? これは本当に娘が望んだ決闘か?

 本当に娘は嫌がっていたか?


 彼は王子だ。玉の輿だ。

 娘は一般人。冴えないブラック企業のサラリーマンの娘という生活から、華々しい王宮暮らしになるのだ。

 確かにガサツなギョージ王子だが、大切にすると言っているじゃないか。

 問題、ないんじゃないか? 娘は、嫌がってないんじゃないか?

 実は私の独りよがりなのでは、ないだろうか?


 娘を守ると決意したはずの私だったが、守るべき娘の意見を聞いていないのは私も同じだと気付いた。

 私はバカだ。

 何のためにこんなことを、娘の本当の望みも知らず、私は……


「よォく聞け唯野忠志、お前の娘は俺が、ドドスコイ王国第二王子ギョージが責任持って幸せにしてやるっ。王族の妻だ。何が不満がある? 現に沙織は驚いてはいたが嫌がってはいなかっただろうが!!」


 その、通りだ。

 まだ結婚には早いと戸惑っているだけで、本当にギョージ王子と一緒になるのが嫌だとは言っていない。

 娘をないがしろにする? そんなもの、ギョージ王子をよく知らない私が勝手に誤解して突っかかっているだけではないのか?


 一歩踏み出した筈の足はとてつもなく重くなっていた。

 まるでぬかるみに嵌ったように、これ以上先へ行けなくなっている。

 腕が、離れた。

 攻撃を止めたギョージ王子が背を向けて遠のいて行く。


 それを呆然と見送りながら、私は静かに倒れた。

 ああ、地面が冷たくて気持ちいい。

 休もう。もう、頑張る必要もないじゃないか。

 何を熱くなっていたんだ。娘にはもう、大切にしてくれる人が、居るじゃないか……


 ---------------------------------


 観客席では、沙織が泣きそうな顔で全身を殴られる父親を見ていた。

 もう、やめて。そんな呟きが漏れている。

 それを聞き、リエラが立ち上がる。

 彼女の側に立つと、忠志を見ながら、彼女に告げた。


「お父さん、頑張ってますね」


「違うっ、あんなの、頑張ってる訳ないじゃない。なんで、あたしの事なのに。それ程嫌だって訳でもないのに、何であんな痛い思いしてまで……」


「大切な娘が嫁に行くんです。その相手が信頼できるかどうか、娘を託せるかどうか、娘が泣いて、不幸にならないか。自分で確かめたいんですよ。それに、あなたは本当に、ギョージ王子との結婚を望んでいますか?」


「それは……」


「気付いたから、闘う事を選んだんじゃないですか、唯野さん」


 リエラが視線を沙織に向けた。沙織も思わずリエラを見る。

 どうしていいのか分からない、道に迷った羊のような顔をしている。


「唯野さんは、あなたに本心をぶつけています。あなたの幸せのために、自分を犠牲にしてでもギョージ王子の好きにさせないと。なら、あなたの本心も、ぶつけてあげるべきじゃないですか。ここがきっと、最後の好機チャンスです」


「チャンスって、あたしは別に……ぁっ」


 どさり、忠志が倒れる。

 もう、満身創痍の彼は立ち上がる事すらできない程にダメージを負っていた。

 誰が見ても、敗北だった。


「このまま、唯野さんは負けるでしょう。でも、あなたはそれでいいのですか? 唯野さん、ずっと頑張ってました。家族を守るんだと。もう一度、家族をやり直したいんだって。あなたは……どうしますか?」


「あたしは……あたし……は」


 自分のために闘う父が目の前にいた。守ってくれる父がいた。

 それは昔、自分が見た父の背中だった。あの時の父が、帰って来たのだ。

 自分がギョージ王子に無理矢理結婚させられるのを阻止するために。

 だから、だから……


「……いで、負けないでっ、父さん――――っ」

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