その闘いを回避する術を彼らは知らない
「今、ちょっと聞き間違えたかもしれんなぁ。唯野忠志……もう一度言ってくれねぇか?」
ビキリ、青筋浮かべたギョージ王子が身体を唯野さんに向ける。
敵対するようにずんずんと歩いて近づいて来たギョージ王子は唯野さんの前にやって来ると見下すように真上から見下ろして来る。
物凄い威圧感。負け犬ならば即座に平謝りする怒りの顔だ。絶対に否定はさせない。そんな気概が伺える。
だけど、唯野さんは怯まない。
この一場面だけは、絶対に震えられない。
バーコードハゲのサラリーマンは、メタボな体でしっかと仁王立ち、目の前で見降ろすマッチョ体型の王子を見上げた。
その瞳に、怯えは欠片も存在しない。
「娘はやらん。そう言った」
「ちょ、父さ……」
ギョージ王子が切れそうな顔をしているのに気付いた沙織さんが慌てふためいている。
父親が反論するなど予想すらしていなかったらしく、どうしていいのか戸惑った顔である。
日本の女学生らしく、今風のギャルといった姿だが、ルーシャみたいな遊んでそうな様子は見られない。
ちょっと背伸びしてギャル風ファッションに手を出してみました。といった初々しさがある。
「その言葉、間違いじゃぁねぇんだな? もう、訂正は効かんぞ?」
「例え王子といえども娘の意志をないがしろにするような輩に私の愛しき娘を嫁にやるわけがないだろう。そちらこそ、娘を諦めろ。娘は地球に帰る。家族一緒に、向こうで普通の恋愛をし、涙ながらに門出を祝う。娘の夫になる男はお前では……断じてないっ」
完全否定の唯野さん。どう見ても完全に喧嘩腰だ。
「ちょ、もういい、もういいって父さんっ。あたしほら、王妃になるんだって、だから、ほら、王子、父が粗相したかもしれませんけど王族侮辱罪とかは……」
「下がっていなさい」
唯野さんを引きはがそうとした娘さんを唯野さん自身が手で制す。
「いいだろう。なら、決闘だ唯野忠志。テメェをぶっ倒して娘を掻っ攫う」
「絶対にさせん。娘は私が守るっ」
「ちょ、父さん、何勝手に、つかなんなの!? どうなってんの!? これ本当に父さんっ!?」
混乱している沙織さんが酷い事を言ってます。親父さんですよ間違いなく。ある意味精神は変わってますが。
「闘技場に来い。今直ぐ潰してやる」
怒りを湛えたまま、ギョージ王子はドスドスと音を立てて謁見の間を去って行った。
睨み合いは唯野さんに軍配が上がったようです。
事態の成り行きを見守っていた面々も、今まで空気化していた国王も、思わず息を吐く。
謎の緊迫感に呼吸を忘れていたような状態でした。
「ちょ、おい、父さんっ、何してんのよ!?」
「ん? ああ。いや。すまんな沙織。お前の結婚に親がしゃしゃり出ることはいけない事だとは思うんだが、あの男はお前の意志を完全に無視していたからな。嫌な時は嫌だと言えないのなら、私が言わねばと思ったんだ」
「は、はぁ!? そんなの頼んでねーだろ!?」
「ああ。頼まれていないし、望まれても居ないだろう。それでも……」
混乱中の沙織の頭を、唯野さんはぽんっと優しく手を置いて撫でる。
「それでも、私はお前の父親なんだよ」
愛しき娘を慈しむような笑みを浮かべ、唯野さんは歩き出す。
思わず手を出し唯野さんを引きとめようとする娘さんだったが、その背中に手が届くことは無かった。
うーん。なんだか娘さん、唯野さんのことそこまで嫌ってるように見えないなぁ。
今の行動も、余計なことするなって感じじゃなくて、自分の事で傷付きに行かないでって言いたそうな顔してたし。
「父上。どうやら闘技場に向った方が良さそうですね」
「そのようだな。シコフミ、謁見は?」
「本日のご予定は全て終了しております。問題はありません」
王様も来るようだ。近衛兵が入って来て王様を護衛しながら動き出す。
僕らもセキトリが先導する形で一路闘技場へと向かう。
レーシーさんが暇そうにしてます。私もう帰っていいかしら? みたいな事をアカネに言ってたけど却下されていた。
ついでに連行されてきたアラクネは両手を器用に使ってアルセの蔦を細くしたのを編み込み中。誰用の作ってるんだろう? 形状からして女性の服かな? あ、自分の分か。
闘技場へと辿りつく。僕らが出て来たのは観客席だった。椅子が大量に並んでいて、中央にある闘技場と言う名の土で出来た球場を囲む形で観客席が存在していた。野球ドームみたいだ。
既に決闘場の中央に立っていたギョージ王子が遅い。とばかりにこちらを見て来た。
どうやら闘いは素手でするようだ。うん、完全に不利だよね。
だってメタボサラリーマンVSボブサッ……げふんげふん。とりあえずムキムキマッチョの野獣かと思える肉体を持つ王子様だ。
肉体言語で話し合いするとか言われてメタボサラリーマンが勝利する確率ってどれ程あるんだろう?
唯野さんもようやく闘いの危機感が生まれたのかちょっと引いてる。
ソレを不安そうに見つめる沙織の横に、隆弘。相変わらずゲームしていらっしゃる。
気付いた沙織の横にあった椅子にどっかと座ると、ゲーム画面を見たまま姉に言う。
「変わっただろ親父」
「え? ええ。そう……ね」
「でもさ、僕、前のうだつの上がらない親父より、なんか親父ッて感じがするっていうか。本当の親父が戻って来たっていうか……そんな感じ、しない?」
「本当の、お父さん? いや、でも……でも、確かに、父さん、昔の父さんみたいだった……かも?」
ぽすり、隆弘の隣に座る沙織。
どうやらそのまま観戦するつもりらしい。
ソレを見た唯野さんも覚悟を決める。
両手で頬を一度張って、段状になった観客席を降りて行く。
どうやらこの闘技場、中央にある決闘場の壁の一部が階段になっているようで、観客席から決闘場へと降りられるようだ。
大丈夫だろうか唯野さん……これ、実力差から敗北しか見えないんだけど。




