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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第二話 その森の守護者の賭博好きを僕らは知りたくなかった
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その背後の存在を彼は知らなかった

 おいしい?

 首を傾け尋ねるように上目使いするアルセ。

 おいしいよ。告げた僕はそこで気付いた。

 アルセの頭。ダンシングなフラワーが生えた茎の付け根が、茶色くなっている。

 別に腐ったわけじゃない。樹表化してるんだ。


 それに気付いた僕は思わずアルセの全身を見る。

 何処となく身長が伸びた気がする。2cmくらい伸びたかな? 胸のふくらみもちょっと出てきた? もしかしてアルセ、成長し始めてる?


 しゃくりと桃を食べる僕を覗くように見るアルセ。僕が視線を向けると、にこりと笑みを浮かべる。

 なに? 僕の食べてる姿見るの楽しいの? 見えてないよね?

 折角なので頭を撫でてやる。くすぐったそうにしながらも嬉しそうにはにかむアルセ。

 ほんと、アルセは可愛いなぁ。


 アルセも他のアルセイデスとは成長過程が違うけど、ゆっくりと成長してるみたいだ。

 一番最初から比べると頭の上は凄い変化しちゃってるけどアルセ自身はあんまり成長してないように見えるから不安だったけど、ちゃんと成長しているのに気付くとなんだろう。感慨深いものがあるなぁ。


「そこに、いるんですね」


 不意に、背中から声が掛かった。

 桃を半ばまで食べていた僕が振り向くと、そこにはくたびれたサラリーマンが……じゃなかった、唯野さんがいた。

 どうやらスラックスやYシャツは返して貰って着替えたようだ。今はネクタイを縫っているのでこの二つは着てていいらしい。


 僕とアルセが気付くと、唯野さんは無遠慮に近づいて来て、僕の隣にやって来る。

 アルセとは逆隣りに来ると、よっこらしょっと座って来た。

 両膝に腕を置いてふぅっと一息。


「少し前から、居るんじゃないかとは思っていたんです。あのトサノオウをアルセちゃんが倒したというのが信じられなくて。肩に手を置かれた感覚もありましたし。アカネさんが口癖のようにいうバグという単語。ルクルさんやリエラさんがちらちらと向ける何も居ないはずの視線の先。あなたはいつも、そこにいた」


 僕に……気付いたのか。

 アルセどうしよ……おおっとアルセのふくれっ面。激写。

 もぅ、付いて来ないでって言ったのに。といった様子でぷんすかアルセご降臨です。可愛い。


「あなたの存在を知る人は少ないのでしょう。だからアルセちゃんは隠れるようにあなたに桃を渡すことにした。違いますか?」


 アルセの理由はわからないけど、多分そんなところだろうね。

 唯野さんは僕がいるかどうかを気にすることなく、空に視線を向けて自虐的に笑う。


「私は……家族に尽して来たつもりでした。なのに家族は壊れてしまった。元々、既に修復不可能な状況にまでなっていたのに何も手を打っていなかった私のせいです。それは、分かっているのですが……私にはどうしていいのか分からなかった」


 身の上話ですか。おっさん好きだよねそういうの。


「妻は既に私に興味無く、いつ不倫に走ってもおかしくなかった。王子の甘い囁きに靡いたのも、仕方無いことだったのかもしれません。娘も、昔は私に甘えてくれていたのに、今では朝風呂から上がった時に私が洗面所にいるとさっさと出て行けと言われる始末。グレてしまってもはやどう付き合えばいいのか。まだ悪い友人が出来ていないことは救いでしょうね。息子はゲーム以外興味が無い。私にはもう、どう家族に接すればいいのかわからない」


 ふぅ。と、溜息を吐いてくたびれた企業戦士は視線を地面に向ける。


「あなたは。凄い人だ」


 僕が? なんでさ? 

 誰にも認識されない、声も聞いて貰えない。ただの透明人間で、バグな存在だ。


「誰からも認識されないはずなのに、声も聞いて貰えないはずなのに。あなたは皆を救っている。誰に助けを求められずとも、見返りすらも齎されないと知りつつも、あなたは常にアルセちゃんたちを影から守っている。それは、凄いことだ。私には姿が見え、声を出せるのに……できなかった」


 出来なかったんじゃない。しなかっただけでしょう。今からだってやろうと思えばできるはずだ。その事に気付いているなら項垂れるより動けばいい。妻に不倫はしないでくれと。やり直してくれと。娘に息子に見せてやればいい。トサノオウに立ち向かえるその力強い背中を。

 アンタはすでに殻を破っているのだから。


「だから……お願いします。私を……バグらせてくれませんか?」


 は?


「私は私を変えたいのです。でも、どう変わればいいか、もう分からないんです。サーロさんとルーシャさんが変わったのは、あなたの能力なのでしょう。アカネさんの言う、バグ。そして二人の唐突な変化。アレは、隆弘が言っていたチート能力じゃない。まるで存在が……バグったというべき状況でした。つまり、バグと呼ばれるあなたは、相手をバグらせる事が出来る。違いますか?」


 違わない。その推理力は凄いと思う。この人、頭の回転は早いんだ。バグやチートを認める柔軟な思考力、流石はサラリーマンと言うべきか、ここぞという時の危機回避を考えられる分頭が良いんだろう。


「お願いします。私をバグらせてください。もう役立たずは嫌なんですッ。妻に居ない者扱いされるのもっ、娘に邪険にされるのもっ、息子にダメ親父と言われるのもっ、もう沢山だっ。私はっ……」


 慟哭するように叫ぶ唯野さん。

 何故だろう。さっきから脳裏にチラつく景色は。屋上? 誰も居ない場所? 済み渡った空。

 声が、声が聞こえる。自分を蔑むような。ああ、なんだこれ? まるでこの世界から出て行けと言われているような不快な気持は……

 止めろ。止めてくれ。この嫌な気分はもう、味わいたくないっ。

 だから……


「会社でも窓際扱いだ。君なんて居なくても会社は回るって、死に物狂いで働いて、残業に次ぐ残業しないと会社にも居場所はないって。もう、一杯一杯なんだっ。どうして私ばかりがこんな目に合わなければならないっ? 身を粉にして、身体を壊し、接待のせいでこのビールッ腹。寝不足で殆ど頭は回らないし、電車に乗れば痴漢に間違われないよう両手を吊革に上げたり気を使わねばならないっ。満員電車で疲弊する毎日。汗をかけば臭いと言われ、ただ居るだけで汚いと言われるっ。こんな人生、もうい……」


 だから僕は……目の前で叫び続ける男の顔を、思い切り殴りつけた。

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