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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第二話 その森の守護者の賭博好きを僕らは知りたくなかった
906/1818

その幸運に打ち勝つ術を彼女は知らない

「はぁ……はぁぁ……」


 荒い息を吐きながら、血走った目で自分の牌を見つめる女が居た。

 綺麗だったはずの肌はたった半日の間にやつれ、精彩を失い。まるで老婆のようだ。

 乱れた髪に張り付く脂汗。もはや見ているこっちが可哀想に思えてくる。


 初めの十局。レーシーはあの手この手でアルセに勝とうと必死になっていた。

 積み込んだ時には必ずアルセはツモで上がり、積み込まなければロンで直撃を喰らう。

 数え役満、三倍満、五倍満が殆どで、必ずアルセが上がってしまう。


 アルセの親を動かせない。

 次の十局。レーシーは全力でアルセの牌を崩しに行った。

 流石に僕も止めようと思ったモノの、アルセが邪魔しないで。みたいな顔をしていたのでレーシーのしたいようにさせてみた。結果……


 さらに十局。アルセの親はまだ動いていなかった。

 レーシーは三十局目で「ああああああっ!?」と叫びだした。

 もう、精神的に限界だったらしい。それでも、彼女は気力とプライドだけでアルセの幸運力に戦いを挑んだ。

 唯野さんがレーシーにエールを送りだした。

 がんばれっ。負けるな。


 三十五局を過ぎた頃、テッテやコータも応援に回り、四十局目。今ではもうアルセ以外の全員がレーシーの勝利を願いだしていた。

 そして、配られた牌。


 白白白一萬一萬一萬三索四索五索三索四索六筒六筒


 決して強い牌役とは言えない。でも、上がれる。すでにテンパイしているため、二索か五索がくれば上がれるのだ。

 やれる。上がれる。

 だが、そこからは試練だった。

 リーチをしたのに、目的の牌が来ない。


「お~?」


 アルセがまた捨てる。一索。惜しい。

 眼球が飛び出そうな位に見開いた眼でギロリと一索を睨み、自分の牌を引く。二筒。

 いらんっ! とばかりに乱暴に捨てる。


「お~?」


 こないなぁ。とアルセが捨てた牌は九萬。

 ん? アカネさんや。僕の気のせいですかね?

 僕は思わずアカネの肩を叩いて聞いてみる。


「ん、どうし……んん?」


 アカネの指を使って僕の疑問を聞いてみる。


「ろ、ローア。ちょっと」


 気付いたアカネがローアに耳打ち。ローアも今気付いたようでごくりと息を呑む。


「来ない……なぜ、来ない?」


 すでに18順目。アルセが捨てたのは、発。

 結局この回もレーシーは上がれないらしい、悔しげに呻きながらも、アルセがノーテンだと気付いたようで、乾いた笑いが漏れる。もはやそれだけでも嬉しいらしい。だけど……


「レーシー。その、言うべきじゃ無いとは思うの。でも、勝負だから……見て」


 ローアが、まるで子供に言い聞かせるような優しく諭すような声で指差す。

 それは、アルセの捨て牌だった。見事に一九字牌しかない。


「流し満貫。できてるわ」


「は? ……あ。……え? 流し……満貫? 流し? あれ? あは。満貫? あはは……」


 レーシーは力無く、しかし目だけはギラギラとアルセの捨て牌を見る。

 18の捨て牌、その全てが一か九か字牌である。


「あ……あは。あはは。あはははははははははははははははははははははははははははあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――っっ!!!!!」


 突然、レーシーが頭を掻き乱しながら立ち上がり、笑いだす。

 気が触れたように叫んだあと地面に転がりのたうち回りだした。

 もう、彼女の精神力は0だ。これ以上は可哀想過ぎる。


 最初の方はバグを打ち込んでやろうかと思ったけど、あまりにも不憫。アルセの幸運力の前に、彼女の小手先程度のズルも運も敵わなかった。

 そしてアルセは、無邪気にこてんと首を傾げる。

 レーシーどうしたの? もう終わるの? そんな顔をしている。

 あ、悪魔やでっ。


「あ、あの、アカネさん、か、彼女大丈夫でしょうか?」


「私に聞かないでよ。ああなるまでアルセに挑んだのはレーシー自身なんだし。ま、まぁ、アレね。博打はほどほどになさいっていう教訓だと思いましょ」


 もはや鬼女かと思える形相で叫びのたうち回るレーシーを、僕らは誰も笑えなかった。

 ただただ無謀な挑戦を挑み敗北した勇気ある者として、ある者は悔し涙を流し、やるせない顔で見つめ、でも、僕らの中でレーシーを笑い者にしようと思う者は既に一人も居なかった。

 彼女は自分の持てる技術を全て使いきったのだ。


 超幸運という理不尽なスキルを前に、その幸運を越えようと、全力で闘い、何度も破れ、それでも根性で闘った。プライドは圧し折られ、精神力を削られて、それでも彼女は一勝をもぎ取るためだけにアルセに挑み続けた。

 彼女の諦めない心を、僕らは認めよう。彼女の飽くなき挑戦を、僕らは称えよう。

 例え力尽き、刃折れ、道半ばで壊れようとも。彼女は立派に闘い抜いた戦士なのだと。


 生気を失ったレーシーはぱたりと四肢の力を抜いた。

 草に抱かれ、大の字になった女はガランドウの瞳で空を見つめる。

 その姿は、まるで強姦にあった後のようだった。

 南無阿弥陀仏……成仏しろよ。

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