その胸を揉んだ相手を彼女は知らない
「仕方ないわよ、もう寿命だったんだって諦めなさい」
キャンプ道具を片付けた彼らは、アローシザーズを探して探索を始めていた。
リエラは余程ショックだったらしく、未だ亡き剣についてぐずっていた。
「だって、だって、お父さんがなけなしの金で用意してくれたのにぃ」
「どのみち次の対戦で壊れてたんだ、戦闘中じゃなくてよかっただろ? 命が助かったと思っとけ」
ネッテとカインがなぐさめるも、折り合いをつけるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
件の剣はというと、未だにアルセの玩具と化していた。
アルセは剣の折れた部分をくっつけたり離したりして遊んでいる。
思いの外気に入ったらしく、終始笑顔だった。
その横を歩きながら、僕はどうしたものかと考える。
本当なら、アルセの安全を考えてさっさと逃げるべきじゃないのだろうか?
アローシザーズとかいう化け物と戦うなんて、本当に大丈夫なのか?
しかし、そんな考えも、彼らには届かない。
僕ができることと言えば、彼らがピンチに陥った時、身を呈して助けてやるくらいだ。
姿が見えないから初めの一撃くらいは簡単に喰らってくれるだろう。
死にたくは無いのでやばくなったら逃げるけど。
「アローシザーズは魔物の哨戒任務を役割としてるわ」
不意に、ネッテが話しだす。
「まぁ、実際は違うかもだけど、生態を調べた学者の書物を見たの。彼らは人間を見つけると雄叫びをあげる。その雄叫びに誘われるように他の魔物が現れるわ」
「つーことで、アローシザーズを見かけたら、声を上げられる前に倒すか、魔物が現れるのを承知で戦闘を行うか。もちろん、それならそれで人数を増やした方がいい」
なるほど、そういう風に知識があるから余裕な面をしてられるのか。
「でも、木の枝で何とかできるでしょうか?」
「さぁ? 矢のように素早く噛みついてくるからそれさえ気をつければなんとか?」
多分ムリだ。
彼らの話を聞いていると、裾が引っぱられた。
アルセだ。
剣で遊ぶのに飽きたのか、折れた剣を蔦で絡めてひっ付けて、右手に持っていた。
「どうした?」
すると、なぜか背後をチラ見するアルセ。
なんだろうかと振り向くと……
そこに新しい仲間が加わってい……るわけないよねっ!?
異様に毛むくじゃらの獣が後を付いて来ていた。
その姿、まさに熊。
「な、何アレ……」
マズい。他の奴ら気付いてないぞ。
どうする? どうすればいい?
完全奇襲だぞ。
そ、そうか、僕があいつらに教えれば……
僕は咄嗟に、前を歩くリエラに手を伸ばす。
肩を掴もうとしたのだが、焦っていたせいでつんのめってしまう。
慌てて掴んだのは……なぜか彼女の胸だった。
「ひっ……い、嫌ぁあああああああああああああっ!?」
意外と弾力のある胸だった。
思わず二度程揉んでおく。
童貞な僕には刺激が強いのでこの体験は重要だった。ついでにもう一回揉む。僕はこの感覚を一生忘れないと誓おう。
僕は慌てて離れて地面に伏せる。
一瞬遅れてリエラの肘鉄。
僕の頭上をかすめて空を切る。
あ、あぶな……
「ど、どうしたのリエ……」
「何が起こっ……へ?」
リエラの言葉に振り向いたネッテとカイン。
目が合うのはリエラではなくその背後。
「だ、誰かが私の……胸を、む、ね……?」
声を失くして佇む二人の姿に、リエラも背後を覗き見る。
「グルァァァァッ」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「キルベアだとっ!?」
「カイン、お願い。でかいのぶっ放すわ」
「わ、わかったッ」
焦りを見せる様子からすると、キルベアはかなり危険な魔物らしい。
剣を引き抜きカインが駆ける。
途中、リエラの首根っこを引っ掴みできるだけ遠くに投げる。
片手で持った剣を一閃。キルベアを牽制する。
対するキルベアは日本にいる熊同様に、身体を大きく立たせ、両腕を真上に威嚇する。
キルベアが咆哮を上げた瞬間、カインも同時に行動していた。
「せぇッ」
カインが掬いあげるような一撃。
対するキルベアは真上からの同時攻撃。
二本の腕を振り降ろし、カインを叩き殺さんとする。
「うおわっ」
慌てて逃げるカイン。
しかし、キルベアは素早く距離を詰めると、体当たりをぶちかます。
驚くカインは慌てて飛び退くも追いつかれる。
やはり熊の方が動きが速いようだ。
ただの体当たりでも重量が桁違い。咄嗟に剣で防いだカインを吹き飛ばし、森の奥へと消し去った。
って、カインさん!?
いや、勇者のカインが弱い訳じゃない。敵のキルベアが強力なので紙の様に飛んだカインが弱っちく見えただけだ。
どっちにしろ、危機的状況なのは変わりない。
「え? か、カインさん……」
様子を見ていたリエラが絶望の声を漏らす。
カインを始末したキルベアは、次の獲物をリエラに狙いを定め、一足飛び。それに気付いたリエラが慌てて木の枝を構えて迎撃態勢。しかし。
四足で一気に距離を詰めると、もうリエラの眼前にキルベアの顔があった。
余りに近過ぎて、余りに速過ぎて、リエラは目を見開くだけで反応出来ない。
手に持った木の枝だけがか細く震えていた。
って、冷静に静観してる場合じゃない。
何かしないと、このままじゃリエラさんが……