AE(アナザー・エピソード)・その教官の狂気を彼女らは知りたくなかった
「じゃあ、そうね。まずは二人の実力を見せて貰えますか?」
「あ、はい。それでは……」
エンリカが洗濯物を終え、暇になったため、戦闘訓練が始まろうとした矢先だった。
森から血相変えたオークが二体、走り込んで来る。
慌てて戦闘体勢に入るリファインとメイリャ。しかし、エンリカは危険極まりない女の天敵達相手に無防備に、むしろ歓迎するように両手を広げてオーク達を抱きしめた。
「どうしたのマイカ、エリック?」
「「ぶひぃ」」
オーク達が一声鳴いた瞬間だった。
今まで優しげな笑みを湛えていたエンリカの顔が、能面に変わった。
ゾクリ、リファインもメイリャも何か危険な者が生まれたような感覚に全身が震えた。
「そう、また出たのね」
そう告げて走り出す。
突然エンリカが走り出したので、思わず後を追って走るリファインとメイリャ。
彼女を一人オークの群れがうようよいると思われる森に向かわせるわけにはいかない。そんな使命感で走って来たのだが、直ぐ横を先程のオーク二体がなぜか並走して来る。
ぶひぶひと話しかけて来るのだが、オーク語が分からない二人は、妙にフレンドリーなオーク達に首を捻るしかなかった。襲って来ないので攻撃していいものか分からないし、魔物の殺気を感じた瞬間全身が震えて闘えなくなるので、彼女達から仕掛ける気にはならなかった。
やがて、剣撃が聞こえる場所が近づいて来る。
エンリカのスピードがさらに上がる。
メイリャが木の根っこに足を取られてこけそうになる。
後ろを走っていたオークが彼女を受け止め、そのまま小脇に抱えて走り出した。
焦ったリファインだが、そのオークが向う先がエンリカの居る場所だったので、そのまま連れていって貰うことにする。メイリャの足が限界そうだったので、オークに運んで貰うことにしたのだ。
もちろん、そのまま巣に持ち帰ろうとするのなら、全力で抗いオークを殺すことを覚悟しているのだが、そんな事にはならず、現場手前に辿りついたオーク達は、身を隠しながら現場を見る。メイリャは降ろされた瞬間リファインの側に走り寄り、大きく安堵の息を吐いていた。
「ど、どうなってるんですか?」
「私にもさっぱり。ただ、このオークたちはむやみに襲って来る訳じゃないみたい。多分、エンリカさんとも仲がいいのよ。何故か知らないけど」
オーク達の横で、茂みから剣撃の鳴っていた現場を見る。
丁度現れたエンリカを見て、剣を止めた男達が危険だから逃げろ。とか言っている所だった。
彼らの目の前には武装したオーク。剣と槍を持っていることからオークナイトか何かと思われる。
こんな王国近くの森に居るべき存在ではないはずだ。
男達の制止を無視したエンリカはなぜか男達の元へ寄って行く。
なんだ? とオークと切り結んでいた男がそちらを向いた瞬間だった。
男の脇腹に拳が突き刺さる。
ノーモーションからの渾身の一撃。男は唾を吐き散らしながら崩れ落ちる。
オーク達はソレを見て剣を降ろし、鞘に仕舞ったり、槍の穂先を上に向けて柄を地面に付ける。
「お、おいアンタ何するんだ!?」
男の仲間は彼を入れて三人。戦士、重戦士、シーフのパーティーらしい。
戦士の男が脇腹押さえてうずくまり、そのまま吐き散らしているのを見て、重戦士の男がだみ声で叫ぶ。厳つく筋肉質の男の声を無視し、エンリカはその鋼鉄の鎧に守られた腹に渾身のヤクザキック。木に叩きつけられた男を見たシーフの男が逸早く逃げに徹する。
しかし、エンリカは素早く踏み込み男を蹴り倒すと、足を掴んでフルスイング。
重戦士の男の腹にシーフの頭が突っ込んだ。
分厚い鎧が破砕され、重戦士の男が目を見開いて唾を吐き散らす。
一瞬で三人のパーティーが壊滅した。
何が起こったのか分からずリファインとメイリャはただただ呆然とその悪夢の光景を見つめるしか出来なかった。
「怪我は?」
「ぶひ」
「ふざ、けんなっ。この女……ぶっ殺してやる!」
戦士の男が立ち上がり、剣をエンリカに向けた。
次の瞬間、男が動くより先に懐に潜り込んだエンリカの拳が男の顎を捕える。
バグンッとおおよそ鳴るはずのない音が男の顎から聞こえた。
打ち上げられた男の顔を両手で持って、地面に向けて投げ飛ばす。
呻きと共に唾を吐き散らす男の腹に、空中から迫るエンリカのエルボが突き刺さる。
「ごはぁっ」
瞬殺だった。
「な、なんなんだアンタ。なんでこんなこと……」
腹にシーフの頭をぷらんと垂らしながら、重戦士の男がよろめきながら立ち上がる。
「なんでこんなこと? 貴方達こそ聞いてないの? この森のオークは狩らないようにって」
「そ、そんなことどこで聞くんだよ! 俺らは流れの冒険者でこの辺りに来たばかりで……」
「そう、なら運が良かったわね」
「運が……良かった?」
「ええ。運が良かったわ。私の子供たちを一人でも傷付けていたなら、全員殺してたところだから。本当に、運が良いわね」
「ふ、ふざけるなッ! 何が運が良いだ!」
怒りと共にシーフの頭を引き抜きツヴァイハンダーを構える男。
だが、やはり攻撃する事は不可能だった。
即座に踏み込み、男の懐に潜り込んだエンリカのボディブローが男を襲う。
「ぐぶっ」
血を吐き出しながらくの字に折れ曲がった男の髪をひっつかみ、さらに腹パン。刹那のうちに36の連撃を受けた男は一瞬で意識を狩り取られた。
「マイカ、エリック、ハチロウ、シチロウ、悪いんだけどこのゴミ共セルヴァティアの入り口まで送ってあげて」
「「「「ぶひ」」」」
そしてエンリカは、相手からの返り血が付いた頬で笑みを作りながら、リファイン達に視線を向ける。
自分たちは関わってはいけない人物に関わってしまったのかもしれない。互いに身を寄せ合い震えるリファインとメイリャは、拳から血を滴らせる女拳帝と呼ばれだしている悪夢のような女の接近に、等しく後悔し始めるのだった。




