AE(アナザー・エピソード)その男の居場所をまだ彼らは知らない
「報告します!」
ドドスコイ王国玉座に、男が一人、慌てたようにやって来た。
「聞こう。話せ」
ドドスコイ王ハッケヨイは隆弘と宰相シコフミと共に男の話を聞くことにした。
「勇者忠志殿の足跡が分かりました。武器屋にて格安の武具を買ったとのことです」
「ふむ? 武器をか?」
「どうやら冒険者と行動を共にしていたようで、聞きこみをしたところ、サーロ、ルーシャという冒険者のようです。彼らと共に国を出たのを門番が確認しました。異世界の服だったため覚えていたようです」
「なんと、既に外に!?」
悔しげに、男はさらに報告を続ける。
「我々が聞き込みを行った時、逃げ帰って来るサーロとルーシャの二人を見ました。勇者様がトサノオウに遭遇し、彼らは自分たちだけ逃げてきたようです。冒険者たちが門番に伝えていたので確かでしょう」
「バカな!? 忠志殿を置いて逃げて来たのか!」
「も、もはや、生存は絶望的かと……我々も急ぎトサノオウに出会った場へと向かいましたが……既にそこには誰もいませんでした」
「な、なんという……」
「ちょ、ちょっと待てよおっさん。それって……親父……」
ゲームを止めた隆弘が生唾を飲み込んで尋ねる。いきなり父が死んだと言われても実感はわかないし、そんなことあり得ないと常識が否定する。日本では、トサノオウとかいう魔物など居ないのだ。
「ま、まだわかりません。トサノオウに潰されたのなら肉片や血だまりが残るモノ、あの現場にそれらのものはありませんでした。当然、勇者様の遺品もございません」
「そ、それはつまり、何かしらの奇跡でも起きて他の冒険者に助けられたということは?」
「わかりません。トサノオウに丸のみされた場合もありますし、今のところ話は……」
「ほ、報告しますっ!」
男の報告を遮るように、もう一人兵士が駆け付けて来る。
「今重要報告中だぞ!?」
「勇者様の生存が確認されました!」
「なんだとっ!?」
男は金属鎧を忙しなく鳴り響かせながら呼吸荒く男の隣に並ぶと、王に拝礼する。
「ぎ、ギルドで張り込んでいた者より報告。服装が変わっておりましたが勇者忠志と思しき存在がギルドで一悶着起こしたそうです。先に戻っていたサーロとルーシャという冒険者が自分を置いて逃げ出したうえに依頼を成功したと虚偽報告を行ったとして、別の冒険者たちと共に現れました。ギルド長が出て来ていたのでほぼ間違いはないかと」
「で、では勇者殿は生きているのだな! す、直ぐに呼び出せ、勇者様の命を救っただろうその冒険者達も……」
「それは、必要無いかと思われます」
「どういうことか?」
兵士の言葉に王がムッとする。隣で話を聞いていた男は兵士が無礼討ちされるのではないかと顔を青くした。
「冒険者の中に、セキトリ王子を確認致しました。放っておいても彼らはこの城に来られると思われます」
「セキトリ……? なぜ、セキトリが、いや、おかしいだろう? コルッカ卒業は昨日だぞ? どうやってここまで一日で来れるのだ!? 見間違いではないのか?」
確かに、セキトリはこの国の王子だ。国王自ら呼びだしたのだから放っておいても城にはやってくるだろう。
「わかりません。ただ、容姿はどう見てもセキトリ様です。名前も会話を聞いた限りセキトリ様で間違いはなく、同一人物としか思えませんでした」
意味が分からなかった。本来一週間は馬車で揺られなければ着かないはずのドドスコイ王国に、一体どうやって一日もせず辿りつけるというのか。
もしも本当に来れるのだとすれば、それこそ神の所業である。
「ただ、気になる報告が一つ」
「まだあるのか? なんだ?」
「そのセキトリ様と共に居た女が、自分はアルセ姫護衛騎士団所属、アルセ教枢機卿であると名乗ったそうです」
「アルセ教枢機卿だと!? あの【全裸の魔女】がそこに居たのか!?」
「本人かどうかはわかりませんが、話を鵜呑みにするのであれば、勇者様もセキトリ様もアルセ姫護衛騎士団が護衛しているモノと思われます」
「何それ、姫様の護衛?」
「そういうパーティー名の冒険者らしい。マイネフランとコルッカを活動拠点にしている一年ほど前に出来たパーティーでな。結成当初から曰くのある冒険者たちだ」
隆弘の疑問に国王が答える。思い出されるのはマイネフラン王女の結婚式。そしてそこで行われた聖女の演奏と神の奇跡、そして、神罰を受けた外道勇者。
あの騎士団が、この地に来た。おそらく、神自身も来ているだろう。
「彼らは今、何処に?」
「そ、それが……ギルドでの一悶着で見失ってしまいまして……さらに、彼らには影兵が付いているようで我らは奴に邪魔され後を追う事が出来ず、どこにいるかは」
「何をしておるか! 急ぎ探せ! 勇者様の身の安全も、セキトリの動向も逐一報告せよ!」
「は、はっ! 必ずや!」
慌てて走り出す兵士と男。報告者の居なくなった謁見の間で、王は思わず息を吐く。生存していた。それを知れただけでよかった。まるでセキトリに合うために外出したかのようなタイミングだ。運命でもあるのだろうか? 王はそう思いながら隣を見て、驚く。
隆弘が涙を流していた。
本人も何故泣いているのか分かっていないようで、しきりに首を傾げている。
「隆弘よ。よかったな」
「な、何がだよ。僕、知らないし。親父がどうなったって……くそ、なんで止まらないんだよ。親父が死んで無かったってだけで、涙が……」
訳も分からず涙をながす少年を、王は静かに抱きしめた。少年はされるがままに抱き寄せられ、衣服をギュッと握ると、声を殺して泣き続けた。




