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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第十一部 第一話 その新たな出会いがあることを僕らは知らなかった
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AE(アナザー・エピソード)その男の想いを彼女は知らなかった

 その一報は忠志の娘、沙織にも伝えられた。

 父親である忠志が行方を眩ませたらしい。

 丁度第二王子と食事を取っていた彼女にとっては寝耳に水な報告だった。


 まさかあの父が家族に黙って家から出て行くなど信じられなかった。

 ずっと居ると思っていた父親。

 もう。その姿を見ることはないのだと思うと、安堵感など一つも無い。

 ただただ胸にこみ上げるのは寂寥感と、ついに見捨てられたという不思議な感情だった。


 邪険に扱っていたのは沙織だし、母と弟と共に、居ない存在としていたのは確かだ。

 それは彼女も認めるところだ。だが、母にも弟にも無い思い出が存在しているのもまた彼女だけだった。

 それは優しかった父と一緒に過ごした弟が生まれる前までの記憶。


 父の輝きが失われるまで、慕い続けた彼女だからこそ、父の失踪は彼に家族が見放されたという想いにも繋がった。

 思えば当然とも言える。誠心誠意尽くしてきた家族に疎まれ続けた彼が、家族を切り捨てる可能性はあったのだ。むしろよくも今まで居てくれたモノである。


「沙織、泣いてるのか?」


「……え? ンなわけーねーし。いえ、ないですよ王子様」


 気が付けば、目から熱いものが零れていた。隣の第二王子が気になったのか聞いて来たので思わず父に話す気軽さで答えてしまい、慌てて言い直す。

 思えば、自分の素を出せていたのは父の前だけだったかもしれない。

 といっても、思いとは裏腹に憎まれ口になってしまっていたが。


 今まで何度も風呂上がりに父が洗面所に居る事があった。もちろん恥ずかしさはあったが、小さい頃から一緒に風呂に入った仲だ。別に父に見られたところでエロ親父。などと思う気持ちは微塵も無かった。父の性格は自分の方がきっと母より知っている自信がある。


 だけど……

 だけど沙織は、忠志の虐げられ続けた気持ちを全て理解は出来ていなかったことに今更ながらに気付かされた。

 自分がもっと父に素直になっていれば、父はこの異世界で、一人出て行くことはなかったのではないか。

 この先、家に戻れても、もうそこに父はいない。その事実はあまりにも彼女にとっては酷な現実に思えた。


「随分とショックを受けているようだな。父が居なくなるのがそんなに辛いか? なんなら俺が父親の代わりになってやってもいいぞ?」


「……」


「そもそもがあんな冴えない男の娘に生まれたのが災難だったな。アレでは直ぐに魔物に殺されるだろう。居なくなって清々したのでは……」


「黙ってろ筋肉達磨ッブッコロすぞっ!」


 一瞬にして王子は押し黙った。沙織の剣幕に驚いたのだ。

 沙織も言ってしまってから思わずやってしまったといった顔をするが、口から出た言葉は既に戻せない状態になっていた。


「貴様、王子に対して無礼なっ!」


「よい。沙織が怒るのももっともだ。俺の配慮が足らなかった。お前は父を疎ましげにしているように見えたのだが、どうやら思いは逆だったようだな。すまん」


「いえ。王子様が謝ることでは……ただ、少し、部屋に戻ります」


 王子に暇を告げて沙織は自室へと戻る。

 自室として割り当てられた部屋に辿りつくと、ベッドにぼふりと飛び込む。

 カビ臭さにうっと呻きつつも、枕を抱きかかえて一人、眠りに付く。


「お父さんのバカ……」


 ただ一言、漏れた寝言の真意は、誰にもわからなかった。




「王子、やはりあのような粗暴な女を侍らすのはお止めになった方が……」


 護衛に付いていた兵士が第二王子に忠言する。

 しかし、王子は去っていった沙織の姿を見送るように誰も居ない通路を見ながら手で制す。


「あの激昂。随分と父親が好きらしい。だが、素直に成れぬばかりに父と分かれてどうすればいいのか迷っているのだろう。ふふ。良い女ではないか」


「王子……」


「それで、俺の弟を暗殺した奴は誰かわかったか?」


「いえ、ソレはまだ……」


「ならばソレと並行して沙織の父親の捜索部隊を組織しろ、父よりも兄よりも早く見つけて保護しろ。沙織の悲しむ顔を俺は見たくないのでな」


「はっ。しかし王子、今回は随分と熱をお上げのようですな」


「ああ。なぜか放っておけん。あの女は似ておるのだ。うむ。とても似ているのだ。だから、見捨てる気にはなれんし、悲しむ顔は見たくも無い」


 ふっと笑った次の瞬間、第二王子は肉食獣を思わせる壮絶な笑みを見せる。


「もうすぐセキトリの奴が来るのだったなァ、そういえば」


「随分と楽しそうですなギョージ王子」


「当然だ。あのモヤシに王など務まらん。さっさとお引取り願おうではないか。会える日が楽しみで溜まらんなぁ。なぁ、セキトリぃ」


 押し殺した笑いが漏れる。しかし、次第に殺し切れなくなったようで、次第声を上げ大声で笑いだす第二王子。昔の第三王子との思い出を思い出し、楽しくて仕方が無くなった第二王子の高笑いが高らかと響くのだった。

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