AE(アナザー・エピソード)その男の行方などを彼女は知る気はない
唯野静代は本日も第一王子と会っていた。
若々しい第一王子は年の頃20代後半。
優しげな顔から紡ぎだされるのは甘い声。
聞いているだけで蕩けるようだ。
「今日も素敵ですね静代さん」
「あらいやだ。こんなおばさん捕まえてハリッテ様ったら」
ハリッテ・バチコイ・ドドスコイは静代ににこりを微笑む。
「自分をおばさんだなどと、貴女のような美しい女性に言うモノではありません。ああ、残念だ。貴女が人の妻でないのなら、私はきっと貴女に求婚していたことでしょう。それ程に、貴女はお美しい」
「まぁ。そんなこと……」
「き、緊急の報告です!」
楽しい一時。静代にとって異世界に来る前は一度もなかったと思われる甘酸っぱい一時は、唐突に終わりを告げた。
無粋な輩にむぅっと怒りの視線を向ける。
そこに居たのは王の側で身の回りの世話をしていた男の一人だった。
「父の側近の? 何か御用ですか?」
「はっ! 勇者唯野忠志様が行方を眩ませました!」
「え? あの人が?」
驚きは一瞬。内心思わずガッツポーズを決めた静代は、これで邪魔者は居なくなったと一人ほくそ笑む。
ずっと、煩わしかったのだ。
肥え太り、禿げあがったうだつの上がらない夫。
ただただ仕事に明け暮れ、帰ってきても朝の30分程会うだけの存在。
寝室も既に別室にしてあるし、食事の用意も勝手にさせている。
ソレはもはや他人と家をシェアしているのと変わらない状況だった。
だが、その男と結婚しているといる証明が静代には邪魔で仕方無かった。
分かれようにも娘と息子がいる今の状況では無理だ。
金が無い。かといって働く気にはならない。
夫は昔はバリバリ働く素敵な存在で、彼に憧れ一緒になって幸せな家庭を作るのだと思っていた。
確かに、一軒家を買ったし、子供は出来た。
でも夫の会社は夫を切った。
なにやら不況の波に勝てず、有能な存在だとしても年の行った存在からクビにして行ったのだ。
夫は実力はあったのですぐさま新しい会社に入った。
面接の時は前の会社の年棒と変わらなかった会社だ。
だが、入って気付いた。そこは毎日24時間残業してようやく前の会社と同じ金額になるブラック企業だったのだ。
夫は家族との時間を取るために余り残業はしなかった。
そのうち上司に目を付けられ追いやられ、今では窓際族という名の会社のお荷物と化している。
家でもそうだ。当然ながら稼ぎが少なくなった彼は静代に頭が上がらなくなり、前の暮らしからグレードダウンしたせいで静代も思わず稼ぎに付いてあたるようになった。
そのうち愚痴がエスカレートしていき、夫は徐々に輝きを失って行った。
ソレが悔しくて、さらに愚痴が増えて、寝室が別になり、もはや別居状態。
夫の悪口を散々言っていたせいで娘までが夫を邪険に扱いだし、息子も父離れを行いだした。
自分が娘と息子を育てているのだ。静代はそう思って夫を切り離した。
私達三人だけが家族で、夫はただ金を稼ぐためだけに一緒になってあげている存在。いつでも切り離せる。そう思い始めて何年目だろうか?
ついに夫はいなくなり、自由に恋愛できる時が来た。しかも相手は20代。ついでに王族なので玉の輿である。
「何ということだ。捜索は?」
「今兵士達が必死に、しかし城内には痕跡すらありません。おそらく外に向ったモノと」
「それは……静代さん、忠志さんは最悪の場合……」
「ああ、お気になさらないでください。夫であったとはいえ、あの人の事はそれほど……」
「え?」
「い、いえ。その、本当に、何処ほっつき歩いてるのかしらねあの人は。どうせキャバクラかどこかに……」
そんなことを言いながらも、あいつがそんな場所に行く訳が無いと静代自身が知っていた。
確かに、付き合いで飲んで来ることはある。だが、その場合は何処で誰と飲んで来たのか包み隠さず静代に伝えてきた。
知る気もなかったのにわざわざ話して来る程誠実な男なのだ。
誠実過ぎて面白くないとも思ったことが何度だってある。
だが、昔はそんな忠志が好きで結婚したのだ。
といっても、今は既に愛情は無く、惰性で一緒にいるに過ぎない。
当時のカッコ良さなど微塵も無く、愛しい身体の場所すら見当たらない。
肥満体となった脂ぎった男の何処を好きになれというのか。
それに比べれば、ハリッテ王子のなんと若々しく素敵なことか。
出来得るならば、一夜の過ちでも構わない。めくるめく官能に溺れてしまいたい。
50を越えた女の欲望は、しかし王子達には欠片も気付かれてはいなかった。
「心配でしょう。私の私兵にも捜索させておきます。どうか心を強く持ってお待ちください。必ずや……」
「いえ、良いのです。あの人はあの人の思ったことをしに向かったのでしょう。引き止める必要などないのです。ですからどうか……今は、慰めていただけませんか」
「静代さん……」
しなだれかかる静代にやや引き攣り気味の王子。
そっと国王の側近に目配せして彼を王の元へ返すと、やがて静代をゆっくりと抱きしめた。




