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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第十一部 第一話 その新たな出会いがあることを僕らは知らなかった
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AE(アナザー・エピソード)その冒険の始まりを僕は知らない

 ドドスコイ王国客間の一室で、男はベッドに腰掛け頭を抱えていた。

 白いワイシャツに曲がったネクタイ。下はスラックスをくたびれたベルトで止め、でっぷり肥た太鼓腹を丸めて、考える人両手は頭バージョンで座っている。

 私、唯野忠志は今、異世界に居るらしい。


 意味が分からない。よわい53歳にしての突然の日本からの脱出である。

 国王陛下が言う事には、我が愛すべき家族は国王が国のために召喚し、この国を救うために何かしらをする使命を帯びた勇者らしい。

 正直知らんがな。さっさと帰せと言ってやりたい。


 しかし、自分の意見など無意味であることは私自身良く分かっていた。

 妻、静代も、娘、沙織も、息子の隆弘も、むしろ異世界転移に乗り気であり、自分が魔法を使えることに驚きつつも戸惑うことなく今、中庭で試し打ちを行っている最中である。

 私はそこまで柔軟な思考はしていなかった。

 会社になんて言い訳をして休暇を取ればいいのだろうか? そもそも休暇届けすら出来ないではないか。ではこんなことで会社をクビにならねばらないのか?


 今でも地位の低い家族の中で、私から仕事と給料を取ったら何が残る。何も無い。私にはもう、何も無いのだ。

 魔法? そんなモノは知るか。スキル? それで金が手に入るならば大喜びだ。

 だが、残念ながら私に才能は無いらしい。

 無能というわけではない。魔法は初期の状態異常回復魔法を覚えているらしい。


 最近出回り始めた魔物図鑑というモノに登録すると、対象のステータスなるものが丸わかりになるらしく、自分のステータスを確認する事が出来た。

 私のスキルは……


  唯野忠志

 種族:人間 クラス:企業戦士サラリーマン

 二つ名:窓際族

 装備:ワイシャツ、スラックス、革のベルト、ネクタイ、黒革鞄、スマートフォン、ビニール傘、毛生え薬(偽)

 スキル:

  キュア:状態回復魔法Lv1

 常時スキル:

  毒耐性・中

  苦労人:心労が溜まると出現するスキル。意味はない。

  ビールっ腹:体内脂肪が溜まると出現するスキル。筋力、運動力などにマイナス補正。

 種族スキル:

  努力家:経験値が1・5倍になる

  愛妻家:このスキルを持っている男性は浮気をしにくくなる。


 このように、見事に散々なスキルであった。

 攻撃スキルは一つも無く、回復と言っても状態異常だけ。運動力などにマイナス補正もある窓際族。はは、何だこのスキル構成は? 自分のことながら泣けてくる。


 妻は回復魔法に優れ、料理も美味い。国王の信頼をもっとも集め、第一王子、第二王子から冗談ではあるが求婚まで受けて満更でもない顔をしていた。

 特に第一王子がお気に入りらしく、二人して最近よく話をしている姿が見られる。

 優男風な第一王子はおばさんである静代でも気にせず話をしてくるので徐々に惹かれているらしい。


 娘も娘だ。第二王子がワイルド系俺様王子だったせいか、私に対するような態度は一切消して、実にしおらしく彼の後ろを三歩下がって付いて行っている。

 実に憎々しくあり、悔しくあり、そして自分が情けなくなっている。

 私はこれ程に家族に必要とされていなかったのかと。


 女性二人が王子側に付きそうなのだが、国王の側には息子の隆弘が付いている。

 どうも争う王子二人と付き合うのが面倒臭いということらしく、国王をおっさんが親父だったらいいのに。みたいなことをぼそっと呟いてからというもの、国王が孫のように接し、隆弘も国王を父親のように慕いだしていた。

 お前の父親は私だろう? なぜ、こうなる?


 一人、私は涙を流す。

 残念ながら第四勢力などこの国にはおらず、私はただ一人あぶれたものとして日々室内で過ごしていた。

 だから、家族の者がどんどんレベルというものを上げる中、私だけはレベル1のまま、ただただ無為に日々を過ごしていた。


 王子たちの争いも激化し、娘と母が争う声もこの部屋から時折聞こえてくる。

 こんな国、居られるか。何度も思った。しかし、今のレベルで外に出れば魔物というバケモノに遭遇して殺されるのがオチだ。

 まずはレベルを上げて、それなりに戦えるようにならなければ、出て行くことすらできないだろう。


 いや、そうだ。もう、いいだろう。

 家族のために身を粉にして働く意味などもうないのだ。

 愛すべき家族は王族の争いに巻き込まれ四散してしまったし、自分ではもはや何も出来ない。

 ここで枕を涙で濡らしつづけるのか、それとも力を付けて自分の思うまま生きるのか。

 ああ、そうだ。もう、こんな人生送り続ける必要ないではないか。


 力を付けよう、ここを出よう。私はもう、自由なのだから。

 会社に戻ることを考える必要ももうないはずだ。

 家族のために尽くすことももう……もう……いや、愛する家族だけは、私は絶対に見捨てられない。見捨てる訳にはいかない。だってそうだろう。私は愛したから、家族になれたのだ。家族だけは、何があっても守ると、決めたのだ。そのためにも、力がいる。特に、この世界では。


 私は周囲を見る。

 私が持って来たものはここにある鞄とスマホだけだ。武器になるのは……ビニール傘か。ないよりマシだろう。

 スマホは既に電力が切れて使い物にもならない。鞄にブチ込み立ち上がる。


 異世界出張だ。ネクタイを整え、鞄を携え扉を開く。

 一度だけ、なじみない部屋を振り向く。

 誰も居ない一人部屋に小さく呟く。「いってきます」と。

どうでもいい話

 やはりこの章の脳内OPはFMBのヒーローでしょうか。

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