AE(アナザー・エピソード)・その悪夢の接近を彼女は知りたくなかった
びくり。突然の悪寒を感じたアカネは思わず自分の身体を抱いてぶるりと震えた。
「あぁん? どうしたぁ女ァ。風邪かァ? そんなゴスい恰好してっから風邪引くんだぜぇ~。ひゃはははぶっはぁ!?」
「じゃかましい。殴るわよ」
アカネが震えたのに気付いたアキオが軽口を叩いた瞬間、アカネの拳が彼の鼻面に突き刺さった。
倒れるアキオにミーザルが駆け寄り、俺俺、俺見ろよ俺。俺見れば痛みはなくなるぜきっと。と自己主張を始める。
その横ではプリカとパイラが爪を噛んで三角座り。貧乏ゆすりしているのは食事を取れてないからだろう。目が血走っていて恐い事になっている。
「ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ごはんごはんごはんごはんごはんごはんゴハンゴハンゴハンゴハンゴハンゴハンGohan……」
とくにパイラさんはそろそろ限界が近いらしい。口からは涎をこれでもかと垂らし、お腹からは魔物の唸りとも思える地獄から聞こえるかのような腹の音。
いつ近くの肉に喰らい付いてもおかしくない異常事態だ。
そんな中、ネフティアだけが静かにチェーンソウのメンテナンスを行っている。
まるで来るべき闘いのために静かに闘志を燃やしているようだった。
アカネは彼らを見まわし、ふぅっと息を吐く。
そろそろ、限界のようだ。
それだけじゃない。バグソナーの反応が遠く離れていたバグが猛スピードでこちらに近づいて来ているのをキャッチしている。
嫌な予感しかしない。
仕方無い、そろそろ動くか。そう、思った瞬間だった。
「GURURURURU……」
唸り声と共にパイラが飛びかかって来た。
咄嗟に避けたアカネの横を通り過ぎたパイラはそのまま四足で駆けると牢屋の鉄格子に噛みつき食べ始める。
堅いはずの鉄格子が瞬く間に消え去って行く。
異変を察知したのだろう、神官が数人駆けつけてきた。
「な、脱走!?」
「あんたたち急いで食事を持ってきて! 禁断症状よ! 早くしないと教会ごと喰われるわよ!」
「え? は? 何を言って」
「お、おい、それは照明用の蝋燭……」
ばくん。パイラの口に照明が消えた瞬間、牢屋内に闇が落ちる。
その瞬間、もう一人の脱走者が走った。
神官たちの悲鳴が聞こえる。
秘密裏に脱走をと思っていたアカネが額に手を当てあちゃぁ。といった顔になった。
ギュイィィィィィ
耳障りな音が聞こえだし、金属が切り裂かれる音がする。
牢屋を閉める扉が切り裂かれたようで、外の光が牢屋を照らす。
薄明かりながら見えるようになった牢屋内では、丁度プリカが神官の腕に噛みついている姿が見えた。
気付いたプリカが慌てて口を離して何もしてないよと言った様子でアカネ達に合流する。
その間にパイラは牢屋自体を食べ始めていた。
「このままだと地下牢が崩壊するわね。仕方無い逃げるわよ。アキオ、プリカ、悪いんだけどそこで伸びてる神官連れて来て。ここで死なれると目覚めが悪いわ」
「チッ、しゃーねぇな」
「うぅ、おなか減ったよぉ。鉄とか食べられたらなぁ」
パイラは普通に何でも食べるけどプリカは普通のエルフが食べられる食事しか食べられないのでしょんぼりとしている。
牢屋から出た瞬間、プリカは気絶中の神官を投げ降ろし、食事の匂いを辿って食糧庫へと走り去ってしまった。仕方無いのでアカネが一人、アキオが二人神官を連れて行くことにする。
「で? どこ行くんだよ?」
「とりあえず教会から出るわ。ここに居ると潰されかねないもの」
「了解。つかよぉ、アレが暴走するってもしかして知ってたか?」
「あの子七大罪の飽食でしょ。少し食事を抜いたらこうなるくらい分かってた事じゃない。国喰らいの飽食伝説、知らない?」
「いや、俺ァこの世界来て三年くらいなんだよ。知らねェ事の方が多いっつの」
「ああそう。あ、ミーザル、そっちじゃないわよ、今は自己主張我慢しろ!」
「うきぃあ!?」
丁度現れて驚く神官に向おうとしていたミーザルを窘め、アカネ達は走る。
「にゃー!」
「にゃんだー探険隊? 丁度良いわ。あんたたちも早く教会から脱出して」
「どうした、お前達なぜ自由行動をしている? アルセ様は見つかったのか?」
にゃんだー探険隊を見付けたので注意したアカネは、彼らのあとからやってきたルグスに理由を説明する。
パイラの暴走を知ったルグスとにゃんだー探険隊は慌てたように合流して脱走を開始した。
しばらくすると脱走が知らされたのだろう。神官たちが大勢でアカネ達に殺到して来る。
口々に逃すな。とか追えとか言っているが、彼らは全然気付いていないらしい。
ズズンと時折地鳴りのような音が聞こえているのに理由を分かっていないようだ。
パイラにより地下が空洞となったせいで一部床が崩れた音だなどと理解する者はここには居ないらしい。
丁度良いので彼らを引き連れて教会を脱出する。
気付けば神殿長や神官長も一緒になって追ってきていた。
教会を出て安全が確認できる場所までやってくると、アカネはようやく足を止めた。
そして誰も居ない場所に掌を差し出す。
パンッと、誰かにバトンタッチするかのような掌同士を叩く音がした。




