そのアルセの暴走を僕らは知りたくなかった
「やぁ、ごめんねアルセさん。わざわざ来ていただいて」
「お?」
ただいま猊下さんにお願いされてアルセは猊下の部屋にやってきてます。
他の皆は別室でゆっくりしてるんだけど、アルセと話したいということで、こんなところで二人きりにさせることになりました。悔しいけどコイツ、猊下なんだ。グーレイ教最高権威からのお願いなので、断ることは無理だった。
というかアルセが首捻りながら付いて行けばいいの? と付いてってしまった。
仕方無く僕とルクルがお目付け役に来ています。
あと猊下の護衛の神官戦士さんがお一人。厳つい男の人です。
現代世界で見掛けたら絶対極道の人だろ。と言ってしまいそうになるくらいに厳ついおっさんでした。
多分良く言う台詞は自分、不器用なんで。だろうな。
部屋は質素でありながら華美である。
言いえて妙だけど、豪華な天蓋ベッドが一つあるだけ、あとは仕事用の机と椅子しかなかった。
置いてる調度品は華美なんだけど、三つ以外はクローゼットにあるこれまた華美だけど二着程しかない猊下用の服しかない。華美だけど質素である。
塵一つないさびしい部屋を見回しながら、アルセがくるくるっと踊りながら部屋の中心へと移動する。
その後を僕が続き、入口のドア入ったところに左にルクル、右に極道のおっさんが立って相手の行動を睨みつけるように見守る。
「何も無い部屋で済みません。立ったままと言うのはアレですし、こちらの椅子でよければどうぞ」
机の側にあった椅子を持ってきてアルセを座らせる猊下。
アルセが椅子に座るのを見守って、その正面に立つ。
「改めて初めましてです。グーレイ教猊下をしております。ポンタ・クン・グーレイと言います」
「お」
相手の初めましてに、合わせるように挨拶。アルセってば良い子になって。
ハンカチ無いかな。眼から零れた水を拭きたいのですが。
しかし、猊下の名前、ポンタ君か。グーレイさんよ、あんたこれ絶対ネタだよね?
「私は生まれてからしばらくはある国の下町で過ごしていたんです。でも、五歳になった時でした、神様からの声が聞こえて来たんです。初めは頭のおかしい子供と思われたのですが、教会でソレを相談した際、今の神官長と神殿長に引き上げられまして、いつの間にかこのように猊下となりました」
はぁー、それって普通に聞いただけだといい話だよなぁ。あの神官長と神殿長見た後だとどうしても悪どいなんらかの策略に巻き込まれた何も知らない少年って気がしなくもないけど。
でも神様出てきたし、一応彼の能力は本物なのだろう。
「良い暮らしですよ。放っておいても食事は出てきますし、豪華だし、欲しいモノがあれば言えば直ぐに手に入ります。なんだって、ええ。なんだって……」
そう言いながら、猊下は窓から見える空を見る。
その視線はまるで手に入らない何かを追い求めるような、いうなれば、籠の中の鳥とでも言えばいいんだろうか?
確かに、欲しい物は手に入るようになった。でも、その分時間は削られ、自分の自由が消えていた。遊びたい年頃の少年はグーレイ教本部と言う名の鳥籠に囚われ、神の声をただ信者たちに伝え、祈りを捧げ続けるのだ。小さい頃からずっと、きっと役職が終わる人生の終わりまで……
それは、考えてみればあまりにも無為な人生に思える。
本来ならアルセに近づく男は即座に撃破が心情なんだけど。なんでだろ。僕はこいつを嫌いになれない。
世界はあまりに広いのに、自分はその世界を知ることが出来ない。
ただ囲われた小さな場所でしか生きる事を許されず、周りに頼れる者もいない。
ノイズが走る。
視界の点滅にも似た不思議な感覚。
誰もいないビルの上、僕は一人涙した。
何だこれは? 僕は……
想いが溢れる。絶望的な世界への慟哭。
なぜ、こんな思いが僕にある? これは、この記憶は……
「おーっ!」
何かしら思い出しそうになっていた僕は、突然の元気なアルセの声で我に返った。
気が付けば、猊下の手を引いたアルセが窓へ向って走り出したところだった。
入口に居た護衛とルクルが驚いて走り出すが、遅い。
アルセは鋼鉄の人参を取り出し窓に投げつけ破砕すると、そこから迷うことなく身を乗り出す。
ただただ引かれるままだった猊下が突然の自由落下に悲鳴を上げるが、そんな二人を空軍カモメが咥え上げる。
ちょ、アルセ何しちゃってんの!?
慌てて僕も窓に近づき桟を足場にジャンプ。アルセの足を掴み損ねる。
あ、僕、誰にも気付かれないからカモメさんに拾われることもないや。
う、うわあああああああああああああ!?
自由落下でバグ死亡とか笑えな……ごっふ!?
落下し始めた身体に何かが巻き付き僕の自由落下が止まりました。
アルセが垂らしたヒヒイロアイヴィが僕の身体に巻き付いてます。助けるつもりが、アルセに助けられた僕の図。いやぁ恥ずかしい。神様見ないでぇっ。




