その少女の転職を僕らは知りたくなかった
魔法陣が光を発する。
その中央に佇むケトルの前に、薄いダイアログボックスが出現した。
おおう、なんかゲームっぽい。
思わず近づいて見る。
流石に魔法陣は踏まないように気を付けるが、遠目からでもそれなりに見えるので何が書いてあるかは分かる。
えーっと。おお、転職先がづらづらと出てる。
一番最初にあるのは村人だね。説明欄も出てるみたいだ。
村人:殆どのニンゲンが付く職業。特殊な上昇ステータスも無く、戦闘にも内政にも専門分野にも秀でない、無職とほぼ同意の職業。
戦士:攻撃力に特化した職業。
剣士:剣技に特化した職業。
等といった感じに、村人、戦士、剣士、冒険者、賞金稼ぎ、斥候、曲芸師、盗賊、暗殺者、女、娼婦と文字が連なって行く。
今までの経験から成れる職業が変わるんだろう。
忍者を目指していたからだろう、暗殺者やら盗賊といった怪しい職業がある。
にしても……娼婦って、あんた王女だよね、一体何したの?
いや、確かにくノ一っていえば寝屋事にも特化してるイメージはあるけど……あれ? 待てよ。くノ一。職業女ってネタかと思ったけどもしかして、崩し字にしてくノ一と呼ぶ女性型忍者の呼び名なんじゃ!?
やったじゃんケトルさん。憧れの忍者になれるじゃん!
しかし、ケトルは職業欄に忍者がないことだけに気を取られ沈んだ顔をしていた。
じぃっと職業欄を見つめたまま、一番忍者に近そうな暗殺者を選択する。
って、ダメだって、女だよ。選ぶべきは職業女。ネタじゃないよそれ。ほら、暗殺者の一つしただってば!
思わず走り寄って彼女の手を取り無理矢理選択させる。
危なかった。ぎりぎりだったぞ今の。
勢い余って手元がずれて娼婦にクラスチェンジ。なんてこともなく、無事に職業:女。にしたりました。
「どうですか姫!」
「忍者なかった。仕方無いから暗殺者に……」
「え? あの、職業……女になってますよ?」
「え?」
リエラが図鑑を見ながら告げる言葉に、ケトルが愕然とした顔をする。
「ぷふっ。何よ職業:女って。元々女だっての」
「ミルクティさん笑わないでください。ケトルさん手元狂っただけですよね?」
「……そういえば、選択する直前腕が誰かに持たれたみたいに不自然にぶれた気が……」
その言葉を聞いた瞬間、リエラの表情が消えた。ぎぎぎとルクルに振り向き視線を確認し、的確に僕の居る場所に能面となった顔を向けて来る。
こわっ!?
無言の表情なのに、透明人間さん、さすがに悪戯の域越えてますよこれ? といった声が聞こえた気がした。
違うんです。これでいいんです。くノ一ですよ。忍者ですよ!
「あら? ちょっと、これ女じゃなくてくノ一じゃない?」
爆笑していたミルクティが目元の涙を拭ってふと図鑑を見て気付いたようだ。
「くの……いち?」
「私の居た世界で女性の忍者を指す言葉なのよ。女という文字を崩してくノ一と呼ぶようになったらしいの。合ってるわよねチグサさん?」
「はい。確かに、この職業の説明から見ても、職業は女ではなくくノ一のようですね」
「じゃ、じゃあ、私は……忍者に、なれた?」
無理だったと思っていただけに、憧れの忍者に成れたと知って思わず涙を滲ませるケトル。
感極まってチグサに抱きつき泣きだした。
「よかった。よかったよチグサぁ」
「ええ。おめでとうケトル。努力が報われましたね?」
「チグサと寝屋事頑張った御かむぐっ」
「ちょぉっ!?」
赤面しながらケトルの口を塞ぐチグサさん。あんたら女性同士でなにしてんの!?
チグサさん、もう遅いから、今のなし今のなしとか言われても何も言い返せないから。
ほら、ミルクティさんがちょっと感心寄せ始めてるから。
「と、とりあえず次の方行きましょう、ね。ほら」
話が進まないと気付いたリエラが率先して話を逸らす。
このままだといろいろマズいと思ったのだろう。
アメリスが魔法陣へと向かう。
「一応、暗殺者のクラスを持っているのだが、これは別のクラスになると消えるのだろうか?」
「そうですね、基本就ける職業は一つだけなのですが、固定職や特殊職をお持ちの方は稀にダブルクラスやトリプルクラスとして幾つもの職業に同時に就けることもあるようです」
神官さんがアメリスに答える。
へーと適当に返してアメリスが転職板を目前に展開させる。
えーとアメリスの転職先は……村人、猛獣使い、お○■ばぁ、冒険者、賞金稼ぎ、指揮官、扇動者、革命家、暗殺者、覇王。
……
…………
……………………覇王!?
「なんか良く分からない職業ばかりね。とりあえず能力値上昇が一番高いのは一番下の職業かしら」
覇王選んじゃった!?
ハードボイルド伯爵令嬢、職業覇王な暗殺者のできあがりです。あんた一体どこに向かう気ですか!?




