その猿が自己主張してる相手を僕らは知らない
「ウキキキキキキ」
アメリス邸の中庭で、ミーザルが一人自分を指し示しまくっていた。
俺を見ろとばかりに連発する俺だ俺だ俺だ攻撃だが、その相手は見当たらない。
そんな光景を見付けたアニアは、嫌なもん見ちゃった。といった様子ながらも、何をしてるのか気になってしまい、結局彼に声を掛けていた。
「で? 何してんのミーザル」
「ウキャ?」
アニアに気付いたミーザルがアニアを振り向き自分の顔を指差す。
よォ、今日も俺に注目してくれてるかい?
見なよアニア、今日の俺は一味違うぜ。ほら、この肌のつや。分かるだろう? 今日はなんだか良い日になりそうだぜ! 俺、絶好調!
「うっぜ……っていうか、結局何してんのよ」
「ウキャ?」
何言ってんだ。自己主張に決まってんだろ?
俺が俺であるためのアイデンティティは俺が俺であると全てに自己主張することだ。さぁ、遠慮はいらない。俺を見ろ。見続けろ。俺だけを意識しろ!
「あー。人が見てくれないからついに無機物に手を出したか。御愁傷様」
「ウッキャァ!?」
誰がボッチだこの野郎。お前と一緒にするな!
「なんだとーこの猿っ」
「ウキァ!!」
猿だ。だからなんだ。悪いのか?
ええい、許せん。貴様の夢に出てくるぐらいに俺の存在感を刻みつけてやる!
「うわっこっちくんな。惑わしの草地」
「うきゃーっ!?」
くるくると明後日の方向へ向って行くミーザルに安堵の息を吐くアニア。
ふと視線を感じて周囲を見回すが、誰もいなかった。
ただただ踊るように自己主張しながら遠のいていくミーザルが木にぶつかって悲鳴をあげている位である。
アニアはミーザルの復讐が始まらない内に庭からアメリス別邸へと入って行く。
本日は既に学校組が帰ってきている後であり、中庭から見える部屋にアルセ、リエラ、アメリスミルクティ、ルクルの五人が暇そうにしていた。
と言ってもアルセは踊りを踊っているのでリエラとルクルはソレを見つめている状態だ。
ソファに座ったアメリスに徐々ににじり寄っている隣い座るミルクティがかなり怪しい。
彼女は本当に百合に目覚めたのか、アニアには想像すら付かない。
徐々に近づくミルクティの気配を察知したアメリスの顔が青ざめて見えるのは、アニアの気のせいだろうか?
時折ちらちらっとミルクティがアメリスを窺う。
そして肩が触れ合うかどうかといった距離まで詰めると、ガッチガチに固まったアメリスの手に、自分の手を乗せる。
びくんっ。アメリスが震えた次の瞬間、妖艶に笑みを浮かべたミルクティが耳元で何かを囁いた。
慌てて飛び退き逃げ出すアメリス。にっちゃぁ~~~~んっ。と泣きそうな顔で走り去って行った。
「ふふ。もう、ほんとアメリスは可愛いわねぇ」
ミルクティは本当にもう、ダメかもしれない。
その場にいたリエラとアニアは同時に同じ事を考えた。
ミルクティはアメリスが居なくなると暇になったようでぽすりとソファに沈み込む。
「しっかし、ここも随分静かになったわねぇ」
はぁ……と溜息吐いた次の瞬間、ばっと飛び上がったミルクティが腰元の銃を取り出し窓へと向ける。
突然の事に固まるリエラ。
しばしの硬直。構えを解いたミルクティは首を捻りながら銃を腰のホルスターに戻した。
「変ね。確かに視線を感じた気がしたんだけど」
「庭ならさっきミーザルが居たわよ」
「あら、だったらミーザルが自己主張してたのかしら?」
再びソファに座り込んだミルクティ。そのまま昼寝を始めるようだ。
昼寝と言っても既に後一時間程で夕食になる。
寝入ったミルクティを放置して、アニアはリエラの元へ。アルセの踊りを見ながら彼女の横に座る。
「最近、人少ないわよね」
「魔物たちは殆ど中庭に集まってるからね。ここにいるのは私かミルクティさんくらいかな。チグサさんやケトルさんは寮に住んでるから遊びにくるくらいだし」
「ああ、あの二人向こうに住みだしたんだ。パイラとプリカは?」
「夕食まで食べ歩きして来るって」
「合いかわらず夕食って言葉を辞書で引けと言いたくなるわね。そういえば変態侯爵とやられ役が居ないわね」
「あはは。ロリコーン侯爵はハロイアさんの部屋で同棲してるみたい。ハロイアさんが是非にって。ルグスさんは今はにゃんだー探険隊と遊んでるわ」
意外と世話好きらしいルグスはにゃんだー探険隊に纏わりつかれながらも毎日ミルクをあげてるらしい。相手は魔物なのだが普通に飼い猫に接するような行いである。
しかし、こうして考えて見るとアルセ姫護衛騎士団の人族がかなり減った気がする。
魔物は大量に存在しているのだが、入れ替わりが激し過ぎるのだ。
アニアは一人考える。
そろそろ、新規冒険者を募集しておくのも視野に入れるべきかもしれない。
クランを起ち上げるべきだろう。今でも殆ど冒険者パーティーというよりクランとして活動しているようなモノだし。
「あ、そだリエラ」
「ん? なにアニア」
「そう言えばだけどあんた転職してないわよね」
「転職?」
「勇者みたいなのは自動で職業変わるらしいけど、あんた村人のままでしょ。そろそろ転職神殿行ったらどう? 確かコルッカにもあったっしょ」
「あ、そう言えばそうですね。折角ですし今度のお休みに皆で行きましょうか」
そして、アルセ姫護衛騎士団初の転職神殿へ向かう予定が組まれるのだった。




