その鉱石の一日を僕らは知らない
吾輩は鉱石である。名前はまだない。あ、葛餅だっけ?
えーっと、あれ? うろ覚えだったから夏目さんの小説続き忘れちゃったわ。
うーん、まぁ、いっか。
窓辺に肘を付きながら、ローアはそんなどうでもいいことを思っていた。
彼女は今、絶賛暇だった。
何しろ侍女として付いて来たはずのサリッサが寮の部屋で葛餅を抱きしめながらキャッキャウフフしているのだ。
そんな姿を見せられるだけで他にやる事が無いので、思わず葛餅のナレーションを始めてしまっても仕方無いと言える。
空には巨大な雉が舞っている。どうやらアメリス邸に放置していた鳥の群れを回収しに来たようで、無数の鳥が飛び立ち雉の中へと消えて行く様子はある種奇妙な光景だった。
窓辺からぼーっとその光景を見ていた彼女は、ふと、視線を下へと向ける。
寮の近くを通る通路には緑の少女が歩いている。
どうやら学校に向うらしい。
そろそろ自分も登校用意をすべきだろうか?
漠然と思いながら見ていると、アルセの背後で何かが動いた。
ん? と目を凝らすが、まるで見間違いだったかのように何も見当たらない。
「気のせいかしら?」
「どうしましたローア様。そろそろ学校に向いましょう」
「まったく、恋愛対象も居ない学校程無駄なモノはないわね。どこかに居ないかしら、玉の輿になりそうな王族とか。はー、なんでこんなことに……」
溜息を吐きながらローアは立ち上がる。
用意など必要はないのでそのまま扉に向う。
すれ違いざまにサリッサを見れば、胸元にちょこんと乗った葛餅が触手を上げる。
おはよう。とでも言っているようだった。
これが、我が学園の最優秀生徒だと言うのが理解したくない。
サリッサと葛餅と共にローアは教室に向う。
葛餅とは学年が違うのだが、最初の時間は合同になるので向う先も一緒である。
「しっかし、あんたたちずっと一緒よね」
「ふふ。それはもう、私とくーさんはラブラブですから。ねー」
二人揃って身体を傾けるサリッサと葛餅。
リア充爆死しろと思わず叫びそうになったのはローアだけではないはずだ。
「そろそろ、私に決めましょうアナタ!」
「いや、私が正妻ですよね!?」
「お前らホントいい加減にしろよ。セキトリの正妻は私だっつってんだろ!」
不意に、何か耳障りな声が聞こえた。知り合いの声だったので視線を向けると、なぜかセキトリに纏わりつく三人娘。
伯爵、子爵、男爵の三人がセキトリを取り囲んでキャットファイトをしている。
「何してんのあんたたち?」
「ああ、ローアさん。なんとかしてください。もう収拾付かなくてどうしたらいいのか……」
セキトリが半泣きでローアに泣きつく。
意味が分からないローアに詰め寄ってくる三人娘。
「セキトリの正妻に相応しいの、誰だと思います? 私ですよね!」
「は?」
「いえいえ、私ですよ。ねぇローアさん?」
「は?」
「だから私だっつってんだろ。だよなローア!」
「はぁ?」
意味が分かっていないローアはただただ疑問符を浮かべるしかなかった。
サリッサは早々に葛餅を撫で始めて我関せずを決め込んだようで助けは期待できない。
が、葛餅の方は助けてくれるらしい。
サリッサの腕をすり抜けると、ローアの頭の上にでんっと乗っかる葛餅。
おい、何処に乗ってるのよ。思わず目線を上に向けて睨むローアを放置して、葛餅はプレートにどうした? と書いてセキトリに見せる。
「あーその。俺が王になることになりまして、次の卒業式で卒業してドドスコイ王国の王になるんすよ。それを聞いた三人が誰を正妻にするかって……」
「って、王様!?」
居たよ。ちょっと冴えないけど恋愛候補。残念ながら気付いた時には雌猫が三匹も寄りついていたけれど、まだ間に合うと言えば間に合う。
ローアは顎に手をやって考える。王になることが確定している。顔はあまり好みではないけれど、玉の輿であることには変わりない。ならば今ここで自分を選ぶように誘導すれば……
だが、ローアが何かを口にするより早く、葛餅がアドバイスを送っていたようだ。頭上に掲げられたプレートを見たセキトリが成る程と頷く。
そして、ローアが思考の海から脱した時には、お礼を告げるセキトリが去って行ったところであった。
「ちょ、ああもう、どうしてこう見つかる候補が悉く潰されんのよ!?」
「わっ。ちょ、どうしましたローア様。突然叫びだして」
「何でもないわよ。ほら、行くわよサリッサ」
「あ、ハイ。って、待ってくださいローア様。くーさん取らないでぇっ」
葛餅を頭に乗せたまま、ずんずんと授業のある場所へと向かうローアを慌てて追うサリッサ。
葛餅の周りは本日もゆったりとした平和な時間が流れていた。




