その魔物たちの憩いの場を僕らは知らない
その日、アメリス邸の庭には魔物達が屯っていた。
風に揺れる草木の合間に一緒に揺れるにっくんとにっちゃんが隣合っている。
その目の前には彼らに見せつけるように動くチューチュートレイン。
レーニャが昼寝している横にはワンバーカイザーが眠っており、その上には仰向けで寝っ転がるのじゃ姫。大の字でパンの部分にうずまりながらくーくーと眠っている。
レーニャの側では久々に外に出てラジオ体操よろしく背伸びをしているネズミミック。
屋敷の屋根には無数のウミネッコや空軍カモメなどが屯い、一種の鳥屋敷になっていた。
時折飛び立つ数匹の魔物達。旋回を終えると戻ってきては思い思いに糞を垂れ流す。
べちゃり。また一つ、アメリス別邸近くの道が白く染まった。
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
突然、声が聞こえて魔物たちは視線を動かす。
憩いの広場に現れたのは探検家といった服装の猫軍団。
おお、こんな所に出たぞ、とばかりに周囲を見回し、先頭の猫が手を向ける。
次はあっちを探険だ!
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
にゃんだー探険隊が通り過ぎると、再び回転を再開させるチューチュートレインと、背伸びを再開するネズミミック。
揺れていたにっくんが唐突に飛び跳ね始める。それを見たにっちゃんもまた飛び跳ね始めた。
背伸びを終えたネズミミックが大口開けて欠伸をしたレーニャの口内へと戻って行く。
ワンバーカイザーがふぁっと欠伸を漏らし、少し上下に揺れる。上に乗ったままののじゃ姫には全く振動が伝わっていないようだ。
起き上がったワンバーカイザーはのじゃ姫を起こさないようにしてアメリス別邸へと戻る。
さらにエアークラフトピーサンが用事を終えて戻って来たのに気付いた鳥たちが一斉に羽ばたく。母艦へと戻る鳥たちは街路へと糞を落下させながらエアークラフトピーサンへと戻って行くのだった。
レーニャが起き上がり、何処へともなく歩いて行く。
飛び跳ねていたにっくんとにっちゃんも、アメリスが外出のために外に出てくると、飛び跳ねながら彼女の元へと向かっていた。
そして、たった五匹のネズミだけが取り残される。
「うわっ、また鳥の糞がこんなに。ウチの家への嫌がらせかしら? またギルドに伝えとかないと。街路の清掃依頼はギルドからの依頼になるからお金はいらないけど、こうも頻繁だとちょっと問題よね。どうしてこんなに汚れるのかしら?」
アメリスが家前の通路を見てぼやきながら外出していく。
そんな彼女の後姿を見送りながら、チューチュートレインはひたすらに回り続ける。
誰も見てくれる人は居なくとも、ただただぐるぐると回り続けていた。
「わーんばーちゃーん。って、あれ? ここにも居ない?」
しばらく回っていると、プリカが草むら揺らして現れる。
周囲を探り、中央辺りでぐるぐる回っているチューチュートレインを見た。
しかしすぐに興味を無くしたようで視線を逸らし、去って行く。
「わんばーちゃーん。食べたりしないからでてきてー。ちょっとかじるだけだからー」
プリカが去って行ってしばらく、何処からともなく戻って来たワンバーカイザーが腰を降ろして居眠りを再開する。
頭上ののじゃ姫は相変わらず涎垂らして眠っている。動いている振動で起きる気配もないようだ。
くるくるくるくる、チューチュートレインが回り続ける摩擦音だけが響く中、再び猫の鳴き声が聞こえてくる。
にゃんだー探険隊が探険を終えて戻ってきたようだ。
次はあっちに行ってみよう! にゃーっと鳴くにゃんだー探険隊がチューチュートレインの後ろを歩いて行く。その視線の先には丁度戻って来たらしいルグス。
彼を見付けた瞬間、猫たちはキランと眼を光らせ走り出す。
「うおぉっ!? またか貴様等!? なぜ我に集るのだ!?」
突撃にゃーっ。っとばかりに殺到するにゃんだー探険隊。
猫塗れになったルグスが迷惑だっとばかりにアメリス別邸へと去って行く。
すると、再び起き上がるワンバーカイザー。
今度は欠伸すらせずに走り出す。しかし頭上ののじゃ姫には振動が伝わらないようにしているようだ。
ワンバーカイザーが消えた次の瞬間草むらを掻きわけ現れたのはパイラ。
周囲を見回しワンバーカイザーが居ないことを確認すると、軽く舌打ちする。
中央で回り続けるチューチュートレインを見たが、腹の足しにはならないな。と近くの草を摘み取り口に入れながら去って行く。自動草むしり機とでもいうべきだろうか? 彼女が歩いた場所は雑草すらも残っていなかった。
「おー」
そして、アルセが屋敷から出てくる。
気付いたチューチュートレインは回るのを止めると、自分たちを括る縄を持って整列しながら歩き出す。アルセと合流したチューチュートレインが居なくなると、魔物達の憩いの場には、誰もいなくなるのだった。
「ふぅ、ようやく去りやがったか……」
……誰も、居なくなるのだった。
草むらからずっとチューチュートレインを見ていた何かがいたことを、僕らはまだ誰も知らない。




