その引き継がれし意思を僕らは知らない
顔があった。
誰の顔かは覚えていない。
だが、覚えておかなければならない大切な顔だった気がする。
男は床に胡坐をかきながらぼぉっと薄れた記憶を思い出そうとしていた。
そいつの記憶は、今の男のモノではなかった。
何しろそいつに最後を見取られ自分は死んでしまったのだから。
そいつの腕の中で、彼は死んだ。
大切な、認め合った友だったはずだ。
否、友ではなかった。敵、そう宿敵とも呼べる。しかし友であるとも言える存在。
出会ったのは戦場だった。
敵として出会い、己が全てを相手に叩き込み、相手もできうる全てを使っていた。
それでも、彼らの闘いは決着が付かず、次第互いに尊敬の念を抱いてしまっていた。
本来、自分たちには不要なモノであるはずなのにだ。彼を認めてしまいと思ってしまった。
きっと、あいつも同じ思いだったのだろう。
だが、その記憶は既に死した身体と共に消えたはずだった。
なぜだろう? 新しく生まれ変わったとでも言うのだろうか?
彼は自分の身体に視線を向ける。
視界に映る両手も、着ている鎧も、従えている部下だって。
彼のモノであるという自覚はある。
しかし、この記憶にあるモノは自分が持っていたモノではないと本能が告げる。
そう、いうなれば、引き継いだ記憶。
自分がこの身体の存在として現れる前に、この身体を使っていた人物の記憶とでも言えばいいのだろうか?
なぜそんなモノがあるのか分からない。
だが、きっとそれ程に強い思いがあったのだ。
きっと、この記憶の持ち主が宿敵と認めた存在がいたのだ。
交わした約束を、どうにかして果たさんと、死した後にも意思を残した。
その意思を、きっと自分が引き継がされたのだ。
だが、恨みはない。使命も無い。ただ、会ってみたい。
そうだ。会いに行こう。
自分の前身と言える存在と闘い、共に認めあった存在に。
奴の意思を伝えるために、儂が覚えていると言うために。
男は静かに立ち上がる。
部下たちがどうかしたのかと告げて来るが、彼らには待機、別の同格のモノに従うよう告げておく。
そして、彼は旅に出る。たった一人で自らの故郷を後にする。
強い奴に、会うために。
部屋を後にし、男は歩く。
薄暗い通路を歩いていると、見知らぬ生物が大量に闊歩していた。
だが、彼を襲ってくることはない。
一階、二階と階段を上がって行く。
まだまだ先は長い。それでも彼は何かに突き動かされるように歩く。
大きな部屋に入る。現れた原始人のような男達は、しかし彼を見るとなんだ。とばかりに部屋の中でごろんと寝転がったりうっほうっほと会話を始める。
そんな彼らを放置して、男はさらに先へと向かう。
しばらく、広い部屋と通路を通り抜けていると、向かい側から冒険者らしき一団がやってきた。
彼らは男を見るなり警戒したように剣を向ける。
男は敵意はない。とばかりに自分を差した。
自分がどういう存在かを主張する。
しかし、冒険者たちは聞く耳を持たなかった。
このままでは殺されかねない。
仕方無く、部下を呼び出す。
だが、それはあまりにも過剰戦力だったらしい。
冒険者たちが現れる軍隊を見て慌てて逃げ出す。
攻撃を仕掛けて来たのは彼らだというのに、なぜ逃げて行くのだろうか?
疑問に思いながらも彼は行く。
一度呼び出してしまった部下たちは、傷付いた彼を見て帰る気はないと告げて来た。
仕方無く、彼らを引き連れ行軍する。
狭い通路を馬に跨った男達が行列作って階段へと向かう。
幾つもの冒険者と出会うが、皆こちらの戦力を見た瞬間慌てたように逃げ出した。
無駄な殺生はしたくないので、彼らが逃げるのならば追う事はしない。
一気に80名程に膨れ上がった大集団で彼らは地上を目指す。
しばらくすると、冒険者に出会わなくなった。
どうやら情報が回っているらしい。
興味深そうに見つめる気配などはあるが、行軍の邪魔にならないのならばと彼は放置する。
男たちの行軍はさらに上階を目指す。
広めの部屋に辿りつくと、箒で床を掃いていた一つ目の少女が驚いた顔をしていた。
しかし、現れ続ける男達に気付いて慌てて道を開ける。
男は広間を通り過ぎ、さらに上を目指す。
何処からか焦ったような声が聞こえだした。
どうも冒険者たちが何かしらの報告を行っているらしい。
地上へとついに辿りつく。
陽の光が差し込む場所へとやって来た男の前には無数に集まった兵士達。
決死の覚悟で剣を向けるそいつらに、退く事は出来ないのだと彼も気付いた。
宿敵よ、待っていろ。
先代の意思を継ぎ、我がそなたの前に現れよう。
その為に、今は彼奴等を撃破する。
首を洗っておくがいい、我が友にして宿敵、ミーザルよ。




