その邂逅を僕らは知らない
メリエ・マルゲリッタはとある農村を訪れていた。
キツイ目元の彼女は今、たった一人で冒険中なのである。
一応、本人は神の声を聞きながらそれに従って行動しているのだが、今、彼女が目指しているのはこの村の先にある国で起こるとされている悪意を元から断つことである。
本日はこの村に泊って、明日の馬車で国に入る。
そのため、本日は暇を持て余していた。
宿は既に取っているのだが、宿の中はお世辞にも綺麗とは言い難く、出来れば寝る時以外は外で過ごした方がいいと思える汚さがあった。
風呂も存在していないので桶を持って来られて身体を拭ける程度。しかもお金が別途必要になるらしい。
時々あるのだ、ボロボロの宿屋しか存在しないから暴利で運営している村の宿屋。
冒険中はこういう村で休む以外は野宿なので、野宿を嫌がる人は泣く泣く金を払うのである。
メリエもその一人だったりする。出来れば野宿はしたくない派なのである。
そんなメリエは農村をゆったりと歩いていた。
丁度耕している時期なので牛フンの臭いが酷い。
時々糞が並々と入った桶を二つ。竿で担いで歩く農家の人々とすれ違うのだが、その臭いの凄まじさは思わず鼻を摘まんでも、眼から涙が出てくるほどである。
やっぱり宿に籠っていた方が良かっただろうか?
さっさと森に向って魔物でも倒そう。
そう思って人気のない場所に向っていた時だった。
あり得ない光景を見て我が目を疑った。
畑の一つに鍬を支えに一息付いている男。紫の肌を持つそいつに、噴き出した汗を手ぬぐいで拭いてやっている妻と思しき老婆。
そう、若い魔族風の男に老婆が寄り添っている。
思わず気持ち悪っと口から出そうになるのをなんとかこらえる。
「うっわ、キス見ちゃった……最悪」
男はバケモノのような老婆に頬キスされて凄く嬉しそうにもう一頑張りするぞーとか言っている。嫌がっていないという事実がまた、最悪だと思えるメリエだった。
なるべく視界に収めないようにして森の中へと辿りつく。
神様からのお告げでは、次の国、グーレイ教国で問題が起きそうだという事らしいのだが、自分が行って何とかなるとも思えない。それでも何かしら出来る事があるのなら……ん?
メリエは森の中を葉を揺らさずに歩く二人を見付けて思わず身を潜めた。
「次はどこに向かうんで?」
「グーレイ教国よ、あの辺りまで逃げればトルーミングからの刺客ももう来ないでしょ」
「全く、本当によくここまで生き残れやしたね」
「あんたがコイントスの大会出ようとか言わなきゃもっと簡単だったけどね。アレのせいで顔が割れ過ぎて刺客の数増したんだからね」
「そう言わないで下さいよリアッティの姐御」
「ふん。はぁ……良い女の子居ないかねぇ。人肌恋しぃなぁ」
「あっしでよけりゃ……いてっ。ちょ、冗談、冗談ですって!」
杖で突っつかれた腰の低い男が慌ててリアッティと呼ばれた女から距離を取る。
「アンディ、あんたが女装したって笑えないっつの。それより可愛い子攫うくらいしてきなさいよ」
「それじゃ本気の犯罪者ですってば。ほら、さっさとグーレイ教国向かいやしょ」
ふぅ、見つかったらいろんな意味でヤバそうな連中ね。と、二人の姿が見えなくなるまで身を隠していたメリエが立ち上がる。
森の中の探索はあまりしない方がいいかもしれない。
またあの二人に遭遇する可能性も考え、少し森から抜けた先にある海岸沿いへと足を伸ばした。
すると、不思議な魔物に遭遇する事になったのである。
メリエの目の前に現れたのは海岸に打ち上げられた海月のような人型生物。
少女のようにも見えるそいつは、どうやらつい先程打ち上げられたようだ。
まだ意識があったので警戒しながら近づいて行く。
「うぅ、酷い目に会いました……まさかあんなに短気な魔王だったなんて……」
「魔王?」
「はい、この近辺の海を支配する名状しがたき……って、ひゃぁ!? 人間!?」
驚いた魔物は慌てて身を起こす。
どうやら魔物というよりは海月型の魔族のようだ。
対話可能と知ってメリエは回復魔法を掛けてやる。
「ひゃっ、何? あ、これ、回復魔法? あ、ありがとうございます」
「いえ、ただ会話出来そうな魔族だったから。私はアルセ姫護衛騎士団のメリエ・マルゲリッタよ。よろしく」
「はいよろしく……え? アルセ姫護衛騎士団!? う、嘘です! 貴女は見た事ありません!」
「へ? もしかしてカイン様達の知り合い? お、落ち着いて、警戒しないでっ、嘘じゃないから!」
「ち、近づかないでください! 偽アルセ姫護衛騎士団め! 真のアルセ姫護衛騎士団リフィがお相手します! く、来るなら来い!」
驚き警戒する魔族少女、リフィが落ち着くまで、メリエは小一時間の言い訳をする事になるのだった。




