その支配された国を僕らは知らない
なぜ、こうなった?
男は自問自答した。
しかし、答えは一向に出ない。
彼は最善を尽くしたはずだった。
事実、こうなる前までは上手く行っていたのだ。
前国王を排し、弟と共に国を動かした。
前国王よりも国の経済は回ったし、それなりの成果は出したつもりだ。
長い時間を見せた政策は少しづつ形をなしており、今からこそが本番になるはずだったのだ。
だからこそ、なぜ?
なぜ、こんな事になっているのだろう。
そこは謁見の間。本来であれば彼こそが国王であるはずなのだ。
弟が宰相の役割となり、あの玉座に座って来訪者を迎える。
だが、今、彼は玉座に座ってはいなかった。
そればかりか赤絨毯の側面で頭を項垂れ、謁見の間へとやって来たそいつが玉座へと向かうのを黙って見つめている。
それは、彼の弟も同じ気持ちだろう。
隣合った弟は、意味が分からず彼を見る。
なぜ? こんなことに?
二人同時に相手に尋ねる。
しかし、二人とも答えられない。
答えられる訳が無い。何しろ、二人揃って既に、弱みが握られてしまったことを悟ってしまったのだから。
颯爽と、あいつが歩く。
その背後には宰相となる女と、あいつの手に持たれた鎖に繋がった首輪を付けられた人物。
四つん這いで赤絨毯を歩く男。その痛々しい姿に涙がこぼれる。
なぜ、こうなった?
ここはコイントス王国謁見の間。
第一王子にして現国王……だったアンサーと第二王子にして宰相を勤めていたパーシハルは揃ってあいつを見る。
今回の騒動の原因、マリアネット。あいつの策略を見逃したのが今回の敗因だ。
そいつが赤絨毯を歩き切り、玉座に辿りつくと、辿って来た道を振り返る。
そいつの隣にやって来たマリアネットは宰相の位置に立つと、玉座横から赤絨毯の周囲に佇む重臣たちを見てニヤリと冷酷な笑みを浮かべた。
すべて、計算通り。
歯噛みするアンサーとパーシハルの目の前で、今、玉座に座る第三王子の……妻。
ソレは人間ではなかった。
人に似た人ではない魔物の一種。マリナー・マリナというカイヘイ洞窟に存在する雑魚偽人である。
だが、その娘、マリナは違った。
アルセ姫護衛騎士団団員、女王マリナ。
調教されてしまった第三王子は玉座に座ったマリナの前に四つん這いで座る。
マリナはそれに遠慮のかけらも無く片足を置くと、足を組んで肘かけに肘を付け、まさにふんぞり返るといった姿で重臣たちに薄い笑みを浮かべた。
ごくり。誰かの喉が鳴った。
それはアンサーの喉だっただろうか? それともパーシハル? あるいは重臣? そのどれもだったかもしれない。
彼女の毒は一人、また一人とゆっくりと浸透していった。
初めはドロップキックだけだった。挨拶のドロップキックは彼女が魔物であるという事もあり、不承不承ながらも重臣たちに受け入れられた。
最初はMが頭文字に付く重臣たちが喜ぶだけだったのだが、そのうち彼女を支持する派閥が出来あがっていた。
アンサーが気付いた時には既に毒は周囲を蝕み、パーシハルも彼女を王にすることに異論を唱えようとしなかった。
何が起こったのか理解できないままアンサーは国王の身を追われ、変わりに玉座に付いたのが、彼女だ。
パシンッ。マリナの振るった鞭が地面を叩く。
びくんと驚いたのはアンサーだけだ。他の面々は、なぜか期待に満ちた目をマリナに向けている。
なぜ? こうなった。
アンサーは憎々しげにマリアネットを睨む。
マリナに人間の常識を与えるために教育係に指定した女。
ランスロットに人生を滅茶苦茶にされたからと救ったつもりだったが、彼女はこの国に復讐することしか考えていなかったのだ。
その復讐が今、形になった。
マリナが女帝となることで、この国は根本から生まれ変わる。
今、ここにコイントスは滅亡したと言っても過言ではなかった。
何しろ、魔物が王になった国なのだから。
「やってくれたな、マリアネット……」
「ふふ。何をか分かりませんねアンサー王。いえ、今はもう、王子? それとも公爵になるのかしら?」
「まさか、パーシハルまで毒牙に掛けられるとはな」
「すまない兄さん。俺は、恋多き男と思っていたが違ったんだ。本当は、尽くせる女を求めていただけだったらしい。父も、弟も、既にマリナにゾッコンだ。兄さんも、どうだ?」
「悪いが俺にそっちの趣味はない。マリナ女王陛下、私は公爵位を頂くようですがこれを弟に譲り国を出たく思います。許可を頂けますか?」
「とー」
彼女は人の言葉を話さない。変わりに、頷いて見せたことでアンサーはこの国から出て行く事が決定した。
後に彼は語る。我が国の最大の過ちは、マリナ女王陛下が第三王子に認められた事でも、マリアネットを彼女の教育係に指定したことでもない。きっと、アルセ神のお気に入りであるネッテ王女を巻き込んでしまったランスロットを今まで生かしていたことだったのだと。




