その男女の修行を僕らは知らない
「あん? 修行に付き合え?」
エルフ村にある武器屋で、ランツェル・ドゥ・にゃるぱは想定外の言葉を受けて怪訝な顔を返した。
プリカのお爺さんである彼は、ただのしがない武器屋である。といっても半分趣味で始めているようなものなので、気に入らない客には十倍の値段で売ったり、売ることすらなく追い返したりということだって気の向くままに出来る。
今回も、気に入らなければ追い払えばいいのだが、先日孫が世話になっているパーティーが顔を出した直後に尋ねてきたこの二人。なんとアルセ姫護衛騎士団のパーティーメンバーだというのである。名前はバルス・ロードナイトとユイア・イレップス。アルセソードを見せられ、さらに孫の友人であるエンリカとパーティーを組んでいた者だと言われると無碍に断ることは出来なかった。
「何でまた儂なのかね。他に有名どころは沢山おろうに、儂はただの武器屋じゃぞ?」
「ラスフィー旅団」
ユイアと自己紹介した少女が神妙な顔で言う。
「そのクランメンバーである事を突きとめました。お願いします。私達を鍛えてください!」
「ふん。メリットも無いのになぜ儂がお前らを鍛えるというのだね」
「リエラさんたちに、追い付きたいんです。今のままの私たちじゃ全然対等になれない。バルスは相変わらず恐がりでオシッコちびるし」
「ち、ちびってないよユイア!? ぼ、僕最近は漏らしてないもんっ」
「ここに来る直前だってタイダルネクツァ見つけて漏らしてたじゃない! ブルーフレアで倒したから良かったけど、あの後服のまま泉に入ってたでしょ! 知ってるんだからね」
「あ、あぅあぅあぅ……」
「と、とにかく。私たちはエンリカさんたちに追い付きたいの。通常のレベル上げじゃ追い付かないのは分かってる。だから……」
「ったく。エンリカやプリカ並みになりてぇってか。ややこしい嬢ちゃんだ。だが、その熱意は嫌いじゃないのぅ」
ふぅっと息を吐くランツェル。ソレを聞いたユイアは思わずガッツポーズを行う。
「おーい、ちょっと出かけて来るから店閉めるぞー」
奥の誰かに声を掛け、ユイア達を先に店から出す。
どうやら用意を整え次第向かうとのことでユイアとバルスはしばらく外で待つこととなった。
しばらくして、店の入り口にクローズのプレートを掛けたランツェルが合流する。
その姿はレンジャー姿。
緑色に輝く弓を手に持ち、背中には矢筒。革製の軽鎧を身に付けたイケメンエルフは、矢筒から一本矢を取り出す。
先端にゴムを付けた練習用の矢である。
ゴム自体は珍しいものなのだが、世界を回っていた際珍しいと購入して以来、その国から時々取り寄せ武器作成に使っている。その過程で練習用の矢も作ったのである。
「儂が出来るのは実践くらいじゃ。そこから何かを学べるかはお主ら次第。それでもいいか?」
「はいっ。よろしくお願いします!」
「うぅ、別にエンリカ達に追い付かなくても彼らは気にしないと思うんだけどなぁ」
「ダメよバルス。ただの足手纏いじゃ惨めなだけじゃない。一生を馬車の中で過ごしたいわけ?」
「馬車の中って……」
無駄口を叩きながら郊外の森へ。柵で囲まれた内側の森なのでエルフの子供の遊び場に使われている場所である。
時折森での戦闘訓練で大人も使うので、ランツェルはここで二人の相手をする事にしたのである。魔物の横槍も入らないので安全なのだ。
「さて。では武器を構えなさい」
「え? でも真剣ですよ!?」
「安心せい、儂が貴様等程度に負けるとでも思うなよ。鈍ってはおっても世界を股にかけた実力をその眼に焼きつけてやろう」
次の瞬間、ランツェルが消えた。
えっと思いながらも武器を構えるバルス。
ソレを見てユイアも杖を構えて魔法の詠唱を始める。
「行くぞ?」
姿を見せた瞬間炎弾で……と息巻いていたユイアの脳天に衝撃。
あうっと声を漏らした時にはもう、ゴム矢がぺったんと張り付いていた。
いつの間に? どっから? 訳が分からぬ合間に武器を構え微動だにしていなかったバルスの額にも同じ矢が突き立っていた。
何処から来たのかすらわからなかった。
気付いたら刺さっていたという奴だ。実際にはぺたっと張り付いている訳だが。これが普通の鏃であれば確実に二人は死んでいた。まだ始まって数秒と経っていないのにだ。
「驚く暇はないじゃろ。ほれ、どんどん行くぞ!」
ノッてきたらしいランツェルの声とともに何処からともなく矢が降り注ぐ。
注意して避けようとしても気配も分からずいつの間にか矢がうなじに、脳天に、心臓にと突き立って行く。全て致命傷部分にヒットしている。
バルスの脳天になど刺さった矢の尾羽にぺったり張りつく次の矢が……同じ場所を五回ほど狙われたようでバルスの頭から五つの矢が連なって生えている状態になっている。
あまりに隔絶した実力。初日は修行にすらならずに完全敗北を喫したのだった。




