その新たなクラン長を僕らは知らない
『戦乙女の花園』は今、未曾有の危機に直面していた。
まさかこんな事態になろうとは思ってもおらず、緊急事態のためにわざわざクラン組員全員を招集しての集会になっていた。
集合場所はセルヴァティア王国会議室。
今回の騒動の中心人物がここから動かないというので仕方無くここでクラン集会を始めることにしたのである。
『戦乙女の花園』というクランには今七つのパーティーが存在している。トップパーティーから代表者としてクラリッサが中央の上座に座り、各パーティーの代表が他の席に座る。
残りのパーティーメンバーは立ったままなのだが、それでも会議室が女性で埋まりかけていた。
クラリッサの隣には最高責任者席に無理矢理座らされたアルベルト王。このセルヴァティア王国の王様である。
そして彼らの背後に立つのは宰相クーフと、彼の腕に絡まったモーネットである。
「それで、緊急集会と聞きましたが?」
パーティーリーダーの一人、青髪の女性がクラリッサに困ったように告げる。
クラリッサから見て、右から、赤、青、黄色、緑、紫、水色と分かりやすい色分けの髪を持つパーティーリーダーたちを順々に見ながらクラリッサが溜息混じりに告げた。
「えー、この度、あたしの後ろ見てもわかるように、我がクラン長モーネットに春が来ました」
「や、やだクラリッサ、春なんてそんな……」
背後に視線を向けると、モーネットが顔を赤らめ乙女感を醸し出していたので即座に視線を逸らしてジト眼でリーダーたちに言う。
「このように、クーフさんにメロメロのようで、この野郎ここに残るからクランから抜けるとか言いだしやがってだな。クラン長新たに決めなきゃいけなくなった」
「マジっすか!?」
「あれ? でも、モーネット団長がここに居るって分かってるんなら別にクランから抜けなくてもよくないですか?」
「本人が妊活したいとか言って、その間クランの業務にかかわれないからとか言ってるんだが」
「それでもですよぅ。だってどうせクラン長なんて年一で集まる会議で音頭取るだけじゃないですかぁ」
「コラそこ、黄色髪娘。クラン長と副クラン長ってなぁもっといろいろやる事あんだよ」
「あ、あれぇ? 名前もしかして覚えられてない?」
「まぁ、名誉顧問くらいになればいいのですわ。アルセ教にいるジェーンさんみたいに。止める必要はありません。クラン長はクラリッサがやればいいんだし。副クラン長決めるだけでよさそうですわね」
「待てコラ」
クラン長就任が多数決で決まりそうになって思わず叫ぶクラリッサ。
副クラン長だからこそ務まっていた自分の仕事がさらに増えるとか冗談ではなかった。
そもそもトップが真っ先にやめるってどういう事だよ。その辺りの不満が出てもおかしくないだろう。そう思うクラリッサだが、モーネットへの風当たりは物凄く良いらしく、複数の場所からお付き合いおめでとう。とかお似合いですという賞賛の声が上がっている。
「しゃーねぇ。じゃあサヤコ。悪ぃがクラン長よろしく」
「へ!? いやいやいや、私!? おかしいでしょ。どっから飛び火した!?」
突然指名されたサヤコ・マキマチが慌てて叫ぶ。
他のパーティーリーダーも彼女の顔はあまり知らないようで、え? あいつ誰? みたいな顔をしている。
それはそうだろう。彼女は昔からパーティーに居た存在ではあるが、忍者のクラスを持つ彼女が人前に出て来たのはアカネがパーティーを抜けてからである。
新人のように思われるその存在がいきなりクラン長抜擢だ。不満が出ない訳が無かった。
しかし、クラリッサをクラン長に押し上げようと一致した手前、そのクラリッサが自ら推してきた存在を無碍にする訳にはいかなかった。
「ムリムリムリ。私忍ぶ者ですから。ほら、クラン長はクラリッサさんが向いてますよ。ねーアリアドネさん」
「サヤコなら、やれるわ」
「まさかの裏切り!?」
クラリッサばかりか、アリアドネ、カッタニア、プラムというパーティーメンバーまでがサヤコを推し始める。
最強パーティー全員がサヤコ推しを行ったので、他のパーティーからの不満も徐々に消えて行く。
彼らがそこまで推すのならば、サヤコという女性はモーネットの後継として相応しいのだろう。
そんな言葉までが飛び交いだした。
「ちょっと待ってぇ。私忍者! 影に潜む者だってば! なんで代表になっちゃうの! モーネットさん、どうにかしてくださいっ」
「サヤコがクラン長なら大丈夫よ。むしろクラリッサがクラン長の方が心配だわ」
「モーネットさぁんっ!?」
もはや逃げ場はなかった。だが、彼女は忍者だった。
咄嗟に懐から取り出した煙玉を床に投げ、逃げ出す。
だが、残念回り込まれた。人間は気付けなくてもドラゴニアであるプラムから逃れることはできなかったようで、この日、サヤコは新たな『戦乙女の花園』のクラン長に就任するのだった。




