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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第十部 第一話 その騎士団を抜けた者たちのその後を僕は知らない
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そのミクロンの一日を僕らは知らない

 マイネフラン王国の宮廷魔道書士ミクロンは今、冒険者ギルドの受け付けカウンター奥に腰掛けていた。

 ふぅっと息を吐いた彼は眉間を押さえる。

 根を詰めすぎましたかね? 魔物の生態を提出された魔物図鑑から書き出していた仕事に一息入れて、顔を上げた。


 相変わらず賑わいを見せる冒険者ギルドでは、受付係が忙しく動きまわっている。

 特に忙しそうなのは最近受付見習いとして入ったパティアという名前の少女である。

 その忙しそうにちょこまか動く姿がとても可愛らしいため冒険者たちのファンが多い。


 逆にちょっと嫉妬を抱いている様子なのがカルエという名前の受付嬢だ。

 つっかえつっかえの説明が少し前まではファンに爆受けだった彼女は、しかしパティア人気の影に隠れるようにファン層が少なくなっているのだ。

 可哀想ではあるがこれも人気職の宿命だ。カルエはここからベテランになれるか潰れるかが試されるのだ。


 他の受付嬢も初々しかった昔を思い出しながら頑張れカルエ。とエールを送っている。

 本人はそれには気付いていないようだが、まぁ、日々の忙しさのせいで意識すらする余裕がないのかもしれない。


「んぁ?」


 不意に、向かいの席に座っていたコリータががたりと動いた。

 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。

 顎に置いていた手がずれて衝撃で起きたらしい。


「ありゃ、終わったの?」


「まさか? 新しい特性を纏めるだけでも一苦労ですよ。種族ごとに平均的に覚えるスキルの抜きだしもここまで多様だとなかなか……」


 魔物図鑑もかなりの数を作成できはじめ、高額商品ではあるが無数の冒険者パーティーが購入を始めている。

 そのパーティーたちが休暇中に持ってきてくれた図鑑を回収し、新しい魔物や新スキルなどを書き出したりしているのである。

 コリータと始めた事業なのだが、流石に二人だけではもはや荷が重い。


「「「「「「「「「「パティアたーんっ!!」」」」」」」」」」


「も、もー、恥ずかしいから皆で叫ばないでぇっ」


 ギルド横に列を成しているオッカケ連中が定期的な声掛けをしている。

 ソレに顔を赤らめ反応しているパティア。

 そろそろだろう。


 ミクロンがそう思った瞬間だった。

 突然周囲がステージと観客席に変化。皆が観客席に無理矢理座らされ、パティアだけが中央のステージに衣装を変えられ佇んでいた。


「ひゃあぁっ!? またですか!?」


「「「「「「「「「「パティアたーんっ!!」」」」」」」」」」


 パティアは一日一回、強制的に歌わせられる。

 オッカケの能力らしいのだが、ギルドも交えて協議した結果、一日一回だけ。という条件でオッカケ達の要望を叶えているのだ。時間帯も決めているので冒険者たちも突然の事だと戸惑う者は少ない。

 むしろこのイベントのせいでパティア人気が高まっているとも言えた。


 強制的に身体が動くようで、舞台上のパティアが踊りながら歌い出す。

 確かに可愛らしい。彼女の歌も上手いので応援したくなる気持ちも分かる。

 しかし、ミクロンとコリータにとってはアイドルよりも図鑑なのである。

 早く終われ。と思いながら彼女の歌を聞いていた。強制参加なので観客席から立ち上がる事も出来ない。


 しばらく曲を聞いて、歌が終わるとステージが消え去り、元の冒険者ギルド特有の姦しさが戻ってくる。

 思い切り可愛らしく歌っていたせいで顔が真っ赤になって俯いているパティアに声援が送られる。

 本人は恥ずかしがっているだけだが、その姿もまたファンが付くのに一役買っていた。

 そんな栄光に輝くパティアを見るカルエは自分が今までいかにちやほやされていたかを見せつけられ悔しそうにむぅっと唸っている。


「よーっす、今日も元気かぁ嬢ちゃん」


 そんなカルエの元へやってきたのは冒険者パーティー『天元の頂』に属するバズラック。

 中堅所としてはかなり上位のパーティーであり、パーティー仲もかなりいい。ただし、一つだけ悪い噂があった。


「バズラックさん、戻られたんれすか?」


「おう。モーリクリニカはなかなか楽しかったぞ。ほれ、土産だ嬢ちゃん」


「わっ。ありがとうございます。ふはぁ、綺麗」


 渡されたのは簡素な紐を通されネックレスにされた宝石だった。

 水晶のように煌めく六角型で内部に虹色に輝く光が見える。


「すげぇだろ。モーリクリニカ特産のナイアデスの涙っつー宝石だ」


「い、いいんれふか、私なんかに」


「おうよ。まぁ買った訳じゃねーから加工代しかかかってねぇーんだ。気にせず貰ってくれや」


「あ、ありがとうございますバズラックさん。私、一生大切にしますっ。えへへ」


 ちょっと顔を赤らめながら告げるバズラックに満面の笑みを送るカルエ。

 カルエが自分の娘みたいでついつい甘やかしたくなるとか言ってたが、傍から見れば恋する女に入れ上げてるおっさんにしか見えない。


「あ、そうだ。ちょうどいいやバズラック。あんたんとこに個別依頼が出されてるわよ」


「あん? ちっコリータ。もうちょっと空気読めや」


「黙れおっさん。いい年してウチのカルエにちょっかい掛けてんじゃないわよ」


「なっ!? 俺は……」


「はいはい、そういうのいいから。それよりあんたんとこのあいつについての話よ。ほら、これが依頼書」


「クソ、毎日暇してる御局のくせにこう言う時に限って……あん?」


「「なんだって?」」


 依頼書を見たバズラックと、彼の言葉に反応したコリータの怒りの声が見事にハモった。

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