プロローグ・その拉致された人物を僕らは知りたくなかった
「う、うわああああああああああああああああっ」
少年は叫びながら走っていた。
左手にはしっかと握られた緑色の手。
幼い緑色の少女を引っ張って、必死の形相で少年は逃げていた。
襲いかかってくるのは巨大な恐竜。
ティアラザウルスという頭に冠型のトサカを持つ魔物である。
白い外套を纏った少年を喰らわんと、凶悪なアギトをもたげて追って来る。
二足歩行で歩くたびに周囲に振動が走る魔物に、少年は生きた心地がしなかった。
だが、左手から伝わる確かな温もりが、彼が諦めることを許さない。
「大丈夫。僕が、僕が君を救うから。絶対に、あいつらの好きにはさせないからっ」
緑の少女は良く分かっていないようで、首を捻る。
ソレを見る事も無く、少年はひたすらに駆け抜ける。
これは拉致だ。言い訳しようも無い拉致である。
少女を守るため。少年が守るため。
初めて犯した彼の罪であり、そしてそれは、少女にとっての罪だった。
「アルセ、君は僕が、絶対に守るっ」
「お?」
不意に、アルセと呼ばれた少女が首を横へと向ける。
話しかけたところで無視されるような形だった少年は、むっとしながらもアルセの視線の先を見た。
刹那、風が走った。
二人を追っていたティアラザウルスの首が地面に落下する。
そして二人の後ろに現れた一人の女。
そいつは絶対強者として少年の前に立ちはだかった。
「こんなところにいたのねアルセ。皆が待ってるわ。帰りましょ」
アルセに手を差し伸べて来る女に、慌てて回り込んだ少年がアルセを庇う。
女の手を払い、キッと睨み据えた。
「アルセは僕が守るんだ。あんたじゃないっ」
「子供の冒険の時間はもう終わり。それに拉致なんてして良いと思ってるの? これはもう、子供の手で収められる事態じゃないの。あなたなら分かるでしょ?」
「知るかっ、僕は……っ」
「わがまま言わないでください。このまま貴方を教国に連れていかないと、拉致の容疑で裁かれるのよアルセが」
そう。此度、拉致が行われた。
被害者はグーレイ教国猊下、拉致犯は、アルセである。
しかし今は、猊下の方がアルセと離れたくないと駄々をこねているのだった。




