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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第二話 その復讐者を彼は知りたくなかった
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AE(アナザー・エピソード)その獣に堕ちた少女を僕は知らない

 チグサとケトルは同時に息を吐いていた。

 目の前に存在するのは大男。側頭部にネジの刺さった男は口から咆哮を迸らせながらゆっくりと迫ってくる。

 先程までとなんら変わらない。


「強い、ですね……そして」


 最初は様子見でチグサが近づき攻撃を行った。

 ダメージは入らなかった。

 それ程に硬い存在だったのだ。


 そんなチグサに数十秒遅れて振りあげられる拳。

 その動作の後、数十秒後に振り落とされた拳が床を割り砕く。

 数十秒後、ゆっくりと数十秒掛けて身体を起こす。


「遅い……」


 フランケンシュタインはとても頑丈だった。

 腕力も高く、一撃でも喰らえば致命傷は確実の強さだった。

 そのぶん、とてつもなく動きが鈍かった。


 一歩歩くだけでも数十秒、下手すると一分くらいかかるかもしれない。

 そして近づいた敵への反応が鈍すぎる。

 ヒット&アウェイ戦法で充分逃げ切れるし、距離を取った後に攻撃が来るのでワザと当ろうとしない限りは当ることはないだろう。


 近づき過ぎて遅れた攻撃の流れ弾に当たる可能性にさえ気を付ければ倒すのは簡単なボスではあった。

 しかし、火力が足りない。

 チグサの一撃で傷が付かないとなると、チグサとケトルではこのボスを撃破する術は見当たらなかった。


「大人しく他の人たちが来るまで待つ?」


「しかし、既に半日が経ってます、一日くらいは持ちますが、それ以降はどちらかにここを任せて仮眠が必要になるでしょう。一人で冒険者連中のいる場所でキャンプなど姫にはさせられませんし、ここで寝るにしても万一のこともあります、出来ればコイツをさっさと倒して皆の到着を待っておきたいですね」


「確かに、でもならどうする?」


 ケトルは顎に手をやり考える。

 自分とチグサで行える攻撃で、このフランケンシュタインにダメージを与え倒せる攻撃があるのかどうか。

 一応、一つだけあるといえばある。


 チグサの野獣化だ。

 あの時の攻撃力はとてつもない破壊力を持っている。

 だけど、アレを行うという事は、ケトルも敵として攻撃される可能性があるのだ。


 だからこそ、チグサは獣化を行わない。

 ケトルは彼女にとって傷付けてはならない存在なのだ。ソレを、攻撃しかねない。

 しかし、現状その攻撃こそがもっとも可能性が高い敵を倒せる方法だ。


「姫、なりませんよ?」


「でも、一番可能性高い。数日後の疲れた時にするよりも、今なら私も反応できる。部屋から出るくらいは、多分出来る」


「では、せめて次の階へ向って下さい。ここは私一人が……」


「ううん。見届けさせて」


 それでも、とチグサに促されるように次の階層へ向う扉の前に移動させられ、チグサだけがフランケンシュタインと対峙する。

 精神統一。

 瞳を閉じて刀の柄に手を掛ける。


 野獣を解き放て。

 己が奥に燻ぶる狂暴な野獣を。

 鎖を引き千切れ。

 己が熱に荒ぶるままに。


「オオオオオオオオオォォォォォォォォッ!!」


 瞳を開く、同時に身体を撓ませ、爆ぜる。

 猛突と共に気合いの入った一閃。

 入った! ケトルが思わず口にする。

 その間にチグサは側面に回り込み上段からの打ち降ろし、ようやく仰け反ったフランケンシュタインに容赦ない連撃が襲いかかる。


 最初の一閃による仰け反りが終わったフランケンシュタインは連撃をくらいながらもぐるりと身体を回しチグサの居た場所へと顔を向け、拳を振り上げる。

 その頃には背後に回り込んだチグサがフランケンシュタインの喉を掻っ捌く。

 しかし、大して効いていない。


 怒りに任せた攻撃だが、まだチグサの理性が勝っているせいもあるのかもしれない。

 もっとだ。もっと怒りを。

 鈍いくせに硬いボスに怒りを。

 ケトルに心配を掛けられなければならない自分に怒りを。

 ここに来ることになった原因であるリエラの病気に怒りを。

 ああ、そうだ。リエラ。


「リエラ……りえら……りぃえぇらぁぁぁぁッ」


 顔がちらついたら思い出した。

 怒りが渦巻く。

 アイツに負けた。平民でしかなかった女に、勇者とまで英雄とまで言われた自分が敗北させられた。

 許せないゆるせないユルセナイ……


「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 刀が邪魔になった。

 投げ捨て目の前の大男を殴りつける。

 ゆっくりと反応する相手がイラつく。


 殴ったら腕が痛くなった。イラつく。

 腹が立ったから目の前の生物を殴った。

 また腕が痛んだ。イラつく。

 顔を向けて来た大男は全くひるんだ気配が無い。イラつく。

 イラつくイラつくイラつく。


 徐々にチグサが狂暴になって行く。その姿を見ながら、ケトルはただただ震えていた。

 怖い。まさに肉食獣の檻の中に入れられたような気分だ。

 フランケンシュタインが静かに倒れる。

 おそらく、倒したのだろう。


 獲物を倒した獣は、ぐるりと視線を走らせる。

 そして、見つけた。

 ニタァと涎塗れの醜悪な笑みを向けられたケトルは、思わず息を飲んだ。

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