AE(アナザー・エピソード)その大福塗れになった彼を僕は知らない
「ランドリィィィィック!!」
その部屋には、何度もその言葉が響き渡った。
60階層。アルセ姫護衛騎士団が対峙しているのは豆大福に手足が付いた一頭身の侍の群れだった。
彼らはおもちゃみたいな刀を手にして、殺到し、引きずり倒したランドリックの口に豆大福を突っ込んでいく。
一体だけなら美味しいだけの食事なのだが、無数に詰め込まれる大福のせいで息が出来なくなったランドリックがカクリと気絶してしまったのだ。
死ぬ寸前でなんとかランドリックの周囲から敵を遠ざけることに成功したフィックサスとクライア。
フィックサスが剣を握って豆大福侍たちを牽制している間にランドリックの口に突っ込まれた豆大福をクライアが吐き出させる。
ぎりぎり蘇生に成功したランドリックの背中を叩いて喉に詰まったらしい最後の大福を除去したクライアは、即座に魔法でフィックサスのフォローを開始する。
生還したランドリックは自身に回復魔弾を打ち込み一息。
まさか自分がこんなに弱そうな豆大福侍に殺され掛けるとは思ってもみなかった。
「クソッ、フィックサス、クライア助かった」
「全く、何度目なのよ?」
「そうカッカしないでクーア。ランドリックが敵を引きつけてるから僕らがああなる前に撃退できてるんだ。ランドリックは囮をしてくれてるんだよ」
「そうかしら?」
「そうさ、いつだってランドリックは僕らの風避けをしてくれてるんだ。その分彼が窮地に立たされるのは仕方無いことなんだ」
「いや待てフィックサス、俺は別にそんなつも……しまっ」
「ランドリィィィィック!!?」
再び引っ張り倒されたランドリックが豆大福へと塗れていく。
背後からの奇襲を受ける形で群がられて行くランドリックに、慌ててクライアがラ・ギの魔法で救出を行うが、豆大福侍の数が多過ぎて対処しきれない。
とはいえクライアのフォローをフィックサスが行う事は難しい。
豆大福侍は周辺にも大量に存在するためランドリックだけに構っているわけにはいかないのだ。
気を抜けばクライアもフィックサスも即座に豆大福塗れにされてしまう。
雑魚にしか見えないし、実質耐久力の無い雑魚ではあるものの、ここまで群れられると正直つらい。
ランドリックから力が抜ける。
ここまでか。フィックサスが覚悟を決めた次の瞬間。
爆ぜた。
突然豆大福侍の一部が弾け飛んだ。
驚きそちらに目を移した隙を狙ったように、今度はランドリックがいつの間にか救出されていた。
慌ててクライアが豆大福を吐き出させてランドリックを回復させる。
「何が?」
「フィック、驚いてる暇はないわ! とにかく残りを!」
「そうだった。行くよクーア」
フィックサスの心配が無くなったのでクライアと共に敵の殲滅に乗り出すフィックサス。
全体的に見ると弱いフィックサスだが、それでも冒険者見習いとしては充分過ぎる武力はもっているのだ。
簡単なゴブリン狩りくらいならばパーティーを組んだ仲間と行える程度の実力はある。
だから豆大福侍程度であれば充分闘えるのである。
ただ、今まではランドリックが足を引っ張ったり、豆大福侍の数が多過ぎるのもあり、不意に近づいて来た敵を斬り伏せるくらいしかできなかった。
でもクライアがこちらに参戦してくれれば攻撃手段も範囲も格段に広がる。
さらに謎の爆撃によるフォローも入り、瞬く間に豆大福侍の数が減っていく。
否、もはや数えるほどしかいなくなっている。
これならば充分、もうすぐ倒せる。
「っし、ようやく戦闘に参加できそ……うわぁっ!?」
折角回復して戦闘参加を行おうとしたランドリック。向かった先が丁度爆発して吹っ飛ばされた。
「ランドリィィィィック!!?」
「なにしてんですかこのおバカ!?」
「ひーん、手元狂ったでありますっ」
あれ? 今、二人以外の声が聞こえた気が……
薄れ行く意識の中で、ランドリックはなんとなく聞き覚えのない女性の声を聞いた気がした。
どぅと倒れたランドリックに殺到する豆大福侍を慌ててクライアが魔法で撃退する。
フィックサスもランドリックの側に向って豆大福侍を牽制しながら徐々に駆逐していく。
「もう少しだ」
「フィック、アレ見て!」
クライアはついに発見した。
豆大福侍の中に一人、豆の入っていない侍がいることを。
豆が入っていないのでおそらく大福侍。
そいつは周囲の豆大福侍に指示を飛ばしたり、新しく豆大福侍を召喚したりしている。
「そうか! アレが今回のボスだ!」
「任せて! ラ・ギ!」
大福侍を認識した瞬間、放ったクライアの魔法が大福侍を撃破する。
すると、あれ程居た豆大福侍たちが消え去っていく。
結局、最後の最後まで活躍はできなかったランドリックがいたことを、彼らは脳内から完全に忘れ去って喜びあった。
気絶したランドリックが起きるまで、そして上階から仲間たちがやってくるまで、二人甘い時をすごすのだった。




