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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第二話 その復讐者を彼は知りたくなかった
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AE(アナザー・エピソード)その達磨落としを僕は知らない

「そらっ」


 ファラムの一撃が達磨百足の足元を一撃。

 まさに達磨落とし。飛んで行く足の関節を見ながら、キキルは惚れ惚れするような目をファラムに向けていた。

 正直、自分が人外に惚れるなどファラムに出会うまでは考えすらしていなかった。


 サファリ洞窟で大好きだった幼馴染と生き別れになり、傷心だったのは確かだ。

 ランドリックとフィックサスが居てくれたのでどちらかに恋すればまた歩き出せる。

 なんて思った事もある。しかし、食指は動かなかった。


 クライアの方はフィックサスと少しイイ感じになり始めているのだけど、ランドリックには彼女がいるらしいので手を出せる訳もなく、引っ込み思案なキキルはただただ余り1的なポジションに甘んじていた。

 だけど、世界が変わった。


 ファラムと出会った時、電撃が走った気がした。

 艶やかに煌めくオーロラボディ。

 流線形の甲殻は、触ればひやりと冷たく、しかし手触りの良さがキキルの感性に触れたのだ。

 気が付けば、抱きついていた。


 その身体から伝わる感覚は想像以上にしっくりと来るものだった。

 マーキスに抱きしめられた時よりも、彼がその、大人の階段を昇ってしまったのを見た時よりも、ずっと衝撃的な物だった。

 この人だ。直観的に思ったのだ。


 甲殻から伝わる相手が生きているという鼓動の音が不思議と心地よく感じられた。

 それからはもう、彼を絶対に手に入れるのだとあの手この手を使っている。

 本来ならアメリス邸に向うはずだった彼を引きとめ自分の部屋に連れ込んだり、甲斐甲斐しく世話をして食事を作り、甲殻を拭き、まさに妻のように彼の隣に立っていた。


 流石に風呂に入れた時には香ばしいボイル蝦蛄になりかけたので慌てたが、海だけでなく陸地でも甲殻が完全に乾かなければ普通に生活できるファラムなので、一日数回水を掛ける程度の手間なので家で飼う事も可能だったのだ。


 ファラムはさすがは魔王の一人というべきか、達磨百足を物凄い勢いで破壊していき、既に二節を残して他の節が飛び散った状態になっている。

 しかし、キキルの瞳はただただファラムだけにフォーカスが絞られていた。

 邪魔なモブ敵がファラムに攻撃を加える。

 大した攻撃ではないが、喰らったという事実を見た瞬間、キキルは回復魔法を発動。

 HP1しか減ってないのに最上級回復魔法を唱えている。


 ファラムは何か言いたそうにキキルを見るが、彼女の目が恋する乙女になっているのに気付いて溜息とともに闘いを再開する。

 調子の狂う女だ。そんな呟きが漏れた。


「ファラムさん、後は頭だけです!」


「らしいな。これは潰せばいいのだったか」


 ボクシングのように両腕を構え、必殺の一撃を叩き込む。

 顔面に直撃したダルマの顔が破壊された。

 甲殻に守られていたダルマが弾け飛び、動きが止まる。


「ふむ。動きに鈍りはないな。他の奴らと比べるとそこまで機敏には動けんが」


「ファラムさんはどっしりと構えて近づく敵を迎撃するタイプですからねー」


「おい女。なぜ背中に抱きつく?」


 一息ついた瞬間、キキルがファラムにしなだれかかる。

 ぎゅっと抱きしめられたファラムが困った顔をしているが、キキルは気にせずすべすべな甲殻を思う存分抱きしめる。

 海産物の匂いがするのもまた、キキルにとっては安心できる要素であった。


「ファラムさ~ん。えへへ」


「むぅ……ま、全く、なんなのだこいつは。なぁそこのお前達、人間というのは大体こうなのか?」


「いやいや、その子は特殊だろ」


 不意に、ファラムが虚空に声を投げかけた。

 まさか答えが返ってくると思わなかったキキルがふぇっと驚き周囲を見回す。


「で? 貴様等は敵ではないと見ていいのか? そちらの女はこの塔に入る前までいたようだが」


「敵ではないな。むしろ俺ら以外であんたらを監視してる奴らを倒しに来たんだ。アルセの護衛とでも思っててくれ」


「なるほど。貴様は海岸で一度見掛けたな。何故居なかったかは知らんが、お前がいないせいで数人の奴らが監視を離脱していたようだが?」


「そうなんだよ。ちょっと失態だ。残り5人。おそらくこの下の階層に紛れてやがるだろうから先に行かせて貰うぜ?」


「好きにしろ。我等はここで上階のメンバーが来るのを待つことにする」


 姿の見えない影兵に言葉を送り、ファラムはその場に腰を降ろす。

 敵ではないと気付いたキキルは再びファラムに抱き付き、ふにゃぁっと溶けるような笑みを浮かべていた。


 影兵たちが去っていく。

 それからしばらく、上階から来るパーティーが追い付くまで、彼らは二人きりの時間をゆったりと過ごした。

 寝入ってしまったキキルが何度か背中からずり落ちたりはしたものの、ファラムはとてもゆったりとした時間を心地よく思う自分が居ることに、少し驚いていたのだった。

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