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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第九部 第一話 その仲間たちの思いを背負い塔を昇ることになる事を僕は知らなかった
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その緑の少女が指し示す先に何があるのかを彼らは知らない

「あ、皆さん、おはようございます」


 胃が痛むのだろう。辛そうな顔をしながらリエラが僕らに微笑んだ。

 ベッドの上で上半身だけ起き上がり、気を使って自分が問題無いと告げようとしている儚げな少女の笑みは、なぜか哀愁をそそった。


「リエラさん、ムリしないでください」


「無理なんてしてないよ。私は……」


「いいから、そこで横になって聞いてください」


 パルティの硬い表情に、何かを察したリエラは言われるままに身体を横たえる。

 ごくり。生唾が飲み込まれる。

 自分の身体だ。彼女だって自分が何かの病気だと理解しているのだろう。


「リエラさん、貴女は……胃癌、だそうです」


「胃癌……? 聞いたこと、ない、かな。何ソレ? じょ、状態異常回復魔弾使えば……」


「ミルクティさんの話じゃ、胃癌というのは、肉体の細胞が変異した病気で、死んだ細胞が増殖してるんだとか、その私もよくわかってないんだけど、状態異常とは違うらしくて、回復するとさらに増えるらしくて……現代の魔法じゃ、治せないって……」


 パルティがえづく。涙が溢れ、立っていられなくなった彼女が座り込んだ。

 ベッドに縋りつき、大声上げて泣き出す。

 なぜ、彼女が謝るのだろう。泣きながらごめんなさいと繰り返し始めたパルティに、リエラの容体を見に来た皆が視線を逸らす。


「そっか。不治の病、なんだ……」


 額に手を当てるリエラ。その表情は何かを悟ってしまったような、落ち付いた……なわけ、ないよね。


「ごめん皆。少し、少しでいいから、一人にさせてください」


 リエラに言われ、心配ながらも皆が去っていく。

 ミルクティがパルティを促し、涙を流す彼女を引き連れて行く。

 ルクルも不安そうに鳴きながら、アルセに連れられ去って行った。


 部屋にはリエラが一人きり。

 左手を目元に当てて。静かに身体を震わせる。

 これからって、時なのだ。

 自分の人生は、ようやく冒険者として歩み出したばかりだ。


 冒険中に命を落とす訳ではない。

 闘いの中で命を落とす訳ではない。

 ただ、何も出来ない病を相手に、ベッドの上で泣きながら眠り、死を待つしか、術はない。


 声を殺して泣くリエラ。片手で隠された両目から涙が零れて行く。

 まだ、十数年しか生きてないんだ。

 お前は間もなく死ぬしかない。そう言われて、気丈に居られる訳が無い。


「……そこに、いますか?」


 不意に、声が聞こえた。

 か細いリエラの声に、僕は歩み寄る。

 頭を撫でる。

 僕がいることに確信できたらしいリエラは、手を退け、涙を湛えた瞳で笑みを浮かべた。


「私、なんでこうなっちゃったんだろう? 私の運命、ここで終わりだったのかな? なんで? 折角、透明人間さんが助けてくれたのに……」


 違うよ。そんなこと、責任感じることじゃない。


「ずっと、こんな日が続けばって、思ってました。アルセがいて、ネッテさんがいて、カインさんがいて。あなたが居て。ずっと、ずっと、あの日のままで……っ」


 目元から溢れる涙を見せたくなかったのだろう。再び片腕で眼を隠すリエラ。

 流れる涙が彼女の悔しさを物語っていた。


「楽しかった。楽しかったんです。今までずっと。いろんな事、あったけどっ。怖かったり、死にそうだったり。でも、ずっと楽しかったっ。私、私もっと皆と居たいっ。冒険したい。こんなの……嫌です……嫌……なのに……」


 頭を撫でる。

 僕にはどうすればいいかなんてわからないから。

 泣きじゃくるリエラの頭を、ただ優しく撫でるしかできない。


 そっと、抱きしめればいいんだろうか?

 抱きしめて良いんだろうか?

 きっと、カインとか、レックスなら、女の子が泣いてれば迷わず抱きしめ、大丈夫だって、言うんだろう。

 そして、本当になんとかしてしまうんだろう。


 でも、僕は英雄じゃない。勇者でもない。ただのいつか消されるバグなんだ。

 だけど、それでも。

 ふいに、リエラの声が聞こえなくなっていることに気付く。

 どうやら寝付いたらしい。


 零れ伝う涙を拭い、最後に彼女の頬をそっと撫でる。

 僕に、アルセ以外で、初めて気付いてくれた女の子。

 新人なのに、カインやネッテに出会ったせいで凄い冒険を経験した新人冒険者。

 そして、カイン達が去って、リーダーになることになったアルセ姫護衛騎士団の中核。


 リエラにとって、僕はどんな存在なのか。未だにわからない。

 魔物たちとくっつく女性を何度も見ているから、もしかしたらって思う事もある。でも、自分はバグで出来ていると分かっているから、恋愛感情を持ってもいいのかどうか迷ったりもする。

 そもそもリエラがそういうつもりかどうかも分からない。


 ただの目の離せない子供扱いされているかもしれない。アルセとセットで世話焼く相手みたいな。でも、それでもだ。僕はリエラを救えるのなら、救いたい。だから……

 僕は無言で部屋を出る。

 扉を閉める直前、もう一度だけリエラを見る。そして、パタンと戸を閉めた。


 皆の集まる部屋に向い、アルセの身体を中央へと移動させる。

 突然部屋の中央に歩き出したアルセに、皆の注目が行った。

 そして、アルセの腕がゆっくりと上げられ、一つの方向を指し示す。


「皆、僕は皆に認識すらされていないけど、お願いだ。リエラを救いたい。だから、皆の力、貸してくださいっ」


 緑の少女が指し示す。

 リエラを救うため、皆の視線を一つのダンジョンへと向けさせた。

 時代劇の逆塔。

 さぁ、ダンジョン攻略を始めよう。僕が本気で取り組む、ダンジョン攻略を。

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