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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第四話 その島があった事実をもう誰も知らない
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SS・その大晦日を僕は知らない

「よーっす」


 アルセ教本部の最上階。鐘楼前の通路に、カインとネッテがやってきた。

 既に着ていたアカネは二人に気付いて視線を向ける。


「おや。アツアツバカップルじゃない。何しに来たの?」


「何しに来たの? じゃないでしょ。いきなりお父さんに深夜に108回鐘撞きからよろ。とか言われても意味がわからなさ過ぎるって。許可はしたけどどんな事をしているのか見て来いってね」


「と、いう名目をネッテが手に入れたから一緒に付いて来たんだ」


「オイコラそこの成り上がり王子。王族としての仕事はどうした」


「兄貴がいるんだ。俺がいなくても回るって」


 全く気にしてないカイン。カインらしい返答にアカネはふっと笑みを浮かべた。

 その視線の先では、金色に輝く鐘の前に取り付けられた丸太の紐をセインが手にしてゆっくりと引き絞る。

 さぁ、そろそろ良い時間ね。アカネの言葉にセインがせーのっと勢いを付け鐘を付く。


「アルセ様のた~めなーら……」


「何あの変な歌」


「いや、折角なら鐘撞きの間なんか歌わせてとかいうから。それっぽいのを、ね」


 鳴り響く鐘の音は、事前に街中に知らされていた事もあり、殆どクレーム無く打ち鳴らされて行く。

 うるさいくらいに鳴り響く鐘の音を聞きながら、アカネはふと空を見上げる。


「んー、やっぱ鐘はあっちの方がいい気がするわね。今度鍛冶屋に頼んでみようかしら。除夜用の鐘」


「なんだか変わった音よね。なんで108回なの?」


「あー、それ俺も思った。100回でいいじゃん。8はどっから来たんだよ」


「これは除夜の鐘というのよ。人の欲には108の欲があると言われていて、鐘一撞きごとに一つの欲望を浄化する。ようするに今年一年の鬱屈した欲を消し去って新年を迎えましょうっていうイベントよ。その辺りの話は適当にでっち上げてチラシにして配ってあるわ」


「適当って……」


「私もうろ覚えだからねぇ、そこまで詳しく知ってるわけじゃないし。とりあえずソレっぽいイベントを、と思ったら思いついたのよ」


 鐘の音が一つ、又一つと国中に響き渡る。

 アルセ教会から響く鐘の音は国内を、そしてその周辺へと木霊する。

 すると、不思議な事が起こった。


 それは司祭者である彼らすら想定していなかったことである。

 普段聞くことのない鐘の音が連続して響く。野生生物たちはこの異変に驚き音の響く場所から遠ざかったのだ。


 この日より約一週間ほど、聖樹の森の魔物はほぼ森の奥地へと逃げ込み、他の平原からもかなりの数の魔物が姿を消した。

 まさに神が祝福したかのように魔物達を遠ざけた鐘の音は、この日よりマイネフラン国だけではなくアルセ教会の存在する国全てでアルセ神の祝日として末永き神聖なる日とされるようになるのだった。


 大晦日と呼ばれるようになったその日にはアルセ教から108回の鐘の音が響き渡り、日付が変わった瞬間から信者たちがこぞって教会へと祈りに向ったと言われている。

 教会のアルセ像に詣でて祈りを捧げる。これが初詣と称されるようになることを、この時のアカネたちはまだ、知らない。


「んー、なんかこの音聞いてるとうるさーいって気持ちになるわね。間近過ぎるからかもだけど」


「早急に鐘については別のを作っておくわ。本来の鐘を作った方がよさそうね。でも作れるかしら? クーフ達に相談した方がよさそうね」


 ネッテの言葉を聞いて思案顔になるアカネ。

 108回の鐘撞きを終えたセインがふぅっと額を拭いながらアカネの元へとやってくる。

 良い仕事しましたと言った顔でフンスと胸を張る少女に、アカネはふっと苦笑を洩らす。


「お疲れ様。それじゃあ下に降りましょう」


「はいですっ! セインやったりました。鐘撞きちょっと好きかもです。今度教会前のヘンリーさんで練習しときます」


「どんな練習だよっ。止めねぇけどさ」


 全員で鐘楼を後にして教会内部へ。

 丁度ロリデッス神父の説法が終わったようで、彼からもお疲れ様ですとねぎらわれたセインが無い胸を張る。

 ロリデッス神父が作ったらしいクッキーを受け取るセインを横目に見ながら、ネッテはふと思う。最近よくロリデッス神父をここで見る事が多い気がする。


「神父さん、元の教会どうしたの?」


「元の教会? 何をおっしゃっているのですネッテ王女。私は生まれも育ちもアルセ教ですが?」


 ネッテは思わずアカネを見る。


「あー、うん。あっちの教会別の神父になってるわよ。こいつ助っ人のつもりがいつの間にかこっちの神父に鞍替えしてやがったのよ。シスターと一緒にね」


「クソ神父はロリータ好きだから。セインを狙ってんだとよ。死ねばいいのに」


 神父の焼いたらしいクッキーを説法を聞いていた信者に配りながら会話に入ってくるシスター。それでも手を止めないので信者の群れは流れが滞ることなく退出していった。


「セイン狙われへまふか!? 神父ふぁん、ふぇインふぁふぁダふぇは買収されはせんよ!」


 ロリデッスから貰ったクッキーを口に含みながら威嚇の構えを行うセイン。すでに買収済みのような気がするのは気のせいらしかった。

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