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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第四話 その島があった事実をもう誰も知らない
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SS・その悪夢の軍団戦を彼らしか知らない

 そこは、とある森の深部だった。

 今、悪夢とも呼べる光景が、彼らの前に広がっていた。

 ぶひぶひと無数の鼻息が聞こえている。


 息を殺し、固唾を飲む五人の男女は、先程から響く大地を揺るがす爆音の群れに見入っていた。

 彼らの目の前で、二人の女が拳を振り抜き互いに相手を壊し合っている。

 あるいは、それに感化されたように豚人族同士で争い合っていた。


「なぜ、こんなことに……」


 『オークのプリケツを愛でる会』リーダー、ギルバーツは震える声で呟く。

 彼の隣には一匹のオーク。名をバズと言った。

 彼もまた、この光景を信じたくはないとばかりに頭を抱えている。


 切っ掛けは、たった一度の過ちだ。

 彼、バズが犯してしまった、否、犯されてしまった一晩の過ち。

 エンリカという妻がいる彼は、それはもう仲睦まじく幸せすぎる家庭の中にあった。


 だが、彼の幼馴染のオーク、セレディは違った。

 虎視眈々と、狙っていたのだ。エンリカはソレに気付き、バズに知られないように彼女を撃退していたのだが、先日、バズとセレディのデートを許容する出来事があった。

 許可、してしまったのだ。


 その結果、純真無垢にデートをしようとしていたバズは、いつかのように嵌められた。

 まさか幼馴染にまで逆レ○プされるとは思っていなかったのだ。

 一服盛られた彼は、一夜の過ちを犯してしまった。

 それを、エンリカが知ってしまった……


 息子娘が立ち上がる。泥棒猫を撃ち殺せ!

 オーク村の若人も立ち上がった。エルフなんぞに我等の英雄を良いようにさせられるか! セレディ、遠慮はいらん寝取ってしまえ!

 そして今、両者が激突してしまっていた。


 中央ではエンリカとセレディによる殺意の籠った殴り合いが起こり、その周囲ではエンリカとバズの息子たち娘たちと村の有志による血で血を洗う争いが繰り広げられていた。

 たまたまオーク観察に来ていたギルバーツたち『オークのプリケツを愛でる会』はバズの願いを受けて共に止めに来たのだが、彼らにはもはや手の出しようのない闘いがそこにはあった。


「ぶひ……」


 私が、悪いのだ。そんな鼻息をならすバズ。


「いいえ。違うわバズさん。貴方は襲われた方なのよ。むしろ抗議してもいいと思うわ」


「ブヒ」


 しかし、妻がいたと言うのに、媚薬を嗅がされた程度で我を失うなど……


「いや、普通耐えるとか無理だからな。むしろ一時間抵抗したっていうあんたの耐久力には脱帽したぜ?」


 ギルバーツは元気出せとばかりにバズの背中を叩く。


「私たちじゃあの群れを止めるのはムリ。でも、バズさんなら、二人を止める事だけはできるわ。でも、本当に良いの? 命にかかわるわよ」


 魔術師ソルティアラが不安げに告げる。その視線がバズのお尻に向いていなければ心配してくれているだけだと納得できるのだが、彼女の好みはオスオークの引きしまったお尻を愛でる事。

 こんな状況でもこの変態はしっかりとバズのプリケツを目視で愛でているらしい。


「ブヒッ」


「じゃあ、本当に私達は血路を開くだけでいいのね? あの二人の元へはバズさんだけが行くと」


 モンクのハーレットの言葉にバズはコクリと頷いた。


「死なないで。貴方の死は世界の損失よ」


 ぎゅっと手を取り握ってきたのはプリケツマスターアキハ。寡黙な彼女も不安からか珍しく声を出している。

 彼女の心配に、バズもコクリと頷いた。もちろん、愛する妻を、そして子供たちを残して死ぬつもりはない。


「ぶひっ!」


「ああ、行くぞ皆!」


 ギルバーツたちが走りだす。

 両軍相打つ戦場に、第三軍は迷わず襲いかかった。

 たった五人の小さな軍団。だが、オークを愛し、オークを愛で、オークの生態を観察して来た彼らにとって、オークを無力化する術など朝飯前。

 獅子奮迅の活躍でオークの群れを両軍構わず蹴散らし揉みしだき写真を取る。


「行け!」


 オスオークの尻を撫でて戦意を奪い、ギルバーツが叫ぶ。

 オークを相手にすれば彼らほど頼りになる変態達は居ない。

 プリケツを愛でる者たちの蹂躙? で開かれたただ一つの道をバズが走る。


 邪魔する者は皆無。

 敵対する者も皆無。

 ただ、成すべきことをするために。

 目の前に映るのは愛すべき妻と不貞を犯してしまった幼馴染。


 互いが壊れ合うのも気にせず歯を食いしばり殴り合う二人の女の間に、彼は迷わず飛び込んだ。

 刹那、互いに相手を撃ち殺す渾身の一撃が放たれる。

 バズは目を瞑る。刹那、自身を破壊する凶悪なダメージが二度、叩き込まれた。


「あなたっ!?」

「ぶひっ!?」


 かくして、人知れず行われたオーク大戦は終わりを告げた。

 たった一人の犠牲を出して。

 二人の渾身の一撃を全て自身で受け止めた漢は、引き抜かれた拳という支えを無くし、静かに倒れる。

 二人の女に抱きとめられ、涙塗れにされながら、己の無力さを噛みしめ瞳を閉じるのだった。


「いやぁぁぁぁバズぅぅぅぅ――――っ」

「ぶひぃあぁ――――っ」


 戦場が止まる。ただ二人の女の後悔の絶叫だけが、空しく響いた。

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