その島がある場所をもう、誰も知らない
「んじゃ、帰ろっか」
リエラとパルティが島へと戻ってきた空母雉に乗り込んでいく。
まだちょっと生物の口に入るのが苦手そうな二人だけど、移動手段これしかないからなぁ。
他の面々も帰って行く。
ヲルディーナさんもレックスくんと一緒に乗り込んでるけど、彼女躊躇なく空母雉の口に入ったな。
リフィなんてムリムリムリムリとか泣き叫びながらリエラとパルティに連行されたのに。
ハロイアと侯爵もついでだからと今回は空母雉に乗り込んだ。
デヌたちもせっかくだからと空母雉に乗るようだ。つまり、僕ら全員空母雉で帰還することになるようだ。
残っているのは僕とルクルだけなので、帰ろうか。とルクルに視線を向けて、気付いた。
視界の片隅で、何かが蠢いている。
「る?」
空母雉に向おうとしていたルクルが気配に気付いて僕に視線を向けて来る。
どうしたの? と首を捻る。
そんなルクルを放置して蠢く物体に近づくと、奴だった。
「まだ、まだだ。覚えていろよリフィ、ヲルディーナ、レックスぅぅぅッ」
かすかに呻くように恨み事をつらつらと告げているのは、サハギンキング。
何をしてるんだ? と思った次の瞬間、サハギンキングはサハギンの死体へと辿りつく。
そして、その腕をずぶりとサハギンの死体に突き刺した。
「異世界転生には、くく、一人一人特殊な能力が与えられるんだ。僕のチートは、融合っ。クク、くはははははっ」
サハギンの死体と融合した彼は再び身体を手に入れていた。
気持ち悪っ!?
動き出したサハギンキング。
咄嗟に動いたルクルの皿が彼の上半身を薙ぐ。
「がぁっ!? まだ居たのか。クソッ、だが、丁度良い。貴様の身体、僕が貰うぞぉぉぉっ」
あ、このバカ倒れる速度を利用してルクルに飛びかかりやがった。
上半身だけで近づいて来るサハギンキングにひぃっと息を飲むルクルを庇うように前に出る。
ポシェットを探ってる時間も惜しい。出来るのは多分これだけだ。
意識集中。とにかく相手の突撃を防げるだけの魔力を全身から引っ張り出す。
そして手にする魔法の剣。否、僕の身体に流れる魔力など一つもない。
あるのはバグ。この世界を根本から破壊する致命的な存在だ。
「ぐ、あGiをグΓπねw仝〆‰ぽ――――っ」
バグ剣に突っ込むサハギンキング。おそらく、今回のバグ剣の密度はヘンリーに使った一撃よりも濃密なバグの集合体だ。
それに自分から突っ込んだサハギンキングは悲鳴にすらならない謎の言語を吐き散らしながら地面に崩れ落ちた。
「な終だ……ΘれHa?」
言語、確実にバグってるね。
図鑑を見てみたけど残念ながら図鑑に登録されなかった。バグり過ぎて生物と認識されなかったようだ。
身体にモザイクが入ったサハギンキングだった何かが地面に広がって消えて行く。
「僕gを壊|:3ミてい供……誰靴tぁЭけ……」
何を呟いているのかすら分からない。けど、もう動かないようなので、僕は武器を降ろした。
こつんっと地面に剣が当る。
……大地が、バグった。
モザイクへと変化していく地面に謎の危機感を覚えた僕は慌てて剣を手放しルクルを引き連れ空母雉へと逃げ込む。
ルクルが入ってきたのに気付いて飛び上がる空母雉。
次の瞬間、海に浮かんでいた孤島が、モザイクに包まれて行く。
「な、何アレ!?」
「わ、私の島が……」
リフィの驚きとヲルディーナの嘆き。
ごめん、犯人僕です。
少しづつ、確実に剣のバグが侵食している。
というか、地面に捨てて来たの拙かったかも。
と、思っていた時だった。
小島が、魚人島が一瞬で消え去った。
まるでそこに何も無かったとでもいうように、音も無く島が消失し、海に一瞬でぽっかりとした穴が空く。皆、狐に抓まれたような顔で空母雉の中からその光景を見つめていた。
少し遅れ、空いた穴を海水が埋め直して行く。
すでに島も、空間も、バグすらもそこには存在しなかった。
島がバグり。致命的と判断されたのだ。だから……
―― 除去しておいたよ。さすがに捨て置けないバグだったんでね ――
不意に、聞こえた耳鳴りのような声に空を見上げる。
空母雉の天井に映されているのはただの青空しかない。でも、きっとその先で、あいつが見てる。
一度見掛けた自称神の地球外生命体みたいな姿を思い描き、僕は全身に怖気が走ったような気がした。
もし、もしもあいつが僕を致命的なバグと判断したら……
判断、されてしまったら。
今の島のように、僕は一瞬でこの世界から除去されてしまうんじゃ?
そうなったら……そうなってしまったら、僕は、一体どうなってしまうのだろう。
「どうしました透明人間さん?」
不意に、リエラが心配そうに僕を見ていた。
僕の表情など分からないだろうに、僕を心配してくれていた。
嫌だ。うん、僕は、嫌だ。この世界から排斥されるなんてことは、嫌なんだ。
最初にこの世界に来た時とは違う。僕は自分の意思で、もっとずっと、この世界に居たいって、本当に思ったんだ。




