その恋物語を彼は知りたくなかった
「GAアァァァァッ!!」
どさっと上半身が地面に落下する。
サハギンキングは自分が置かれた状況が理解できずに、倒れ行く自分の下半身を見つめていた。
自失呆然の彼は周囲をきょろきょろと見て、自分の身体を見下ろす。
下半身が消えていた。地面が近い。
「なん、だ? なんなんだこれはーッ!?」
「ヲルディーナのお父さん。いや、父親を仮称する誰か、あんたはもう死んでる。俺が、その身体にトドメを刺した。だから、最後の一瞬でもいい、さっさとその身体からでていけ!」
「ふざけるなっ。僕は、僕が死ぬはずがないだろっ! だって、だって憧れの異世界転生だぞ! 前世の意識を取り戻したんだぞ! やっと、やっと僕の時代が来たんだ! ハーレム王国が、僕のハーレム王国の夢が」
「お父様……ああ、本当に……昔のお父様はもう……」
「違う、僕はお前の父親だヲルディーナ! 記憶がある。お前の母と番って産んだのを覚えてるっ。なぁ、回復してくれよ。これからは一緒に過ごそう。そうだっ、家族三人で過ごそう!」
ついさっきハーレムがとか言ってたのに、それはないと思う。
異世界ネタの分かる僕とミルクティさんがナイワーって顔で見ていると、サハギンキングはさらにヲルディーナに自身を回復させようと悪あがきを始める。しかし……
ヲルディーナは目を閉じ、耳を両手で塞いだ。下半身の犬達がキャンキャンとやかましいくらいに吠えたてる。
ソレを見て、レックスが七色の剣を振り上げた。
「さよなら、お父様……」
「待て、止めろ! 僕はまだ、嫌だっ、死にたくないっ、死にたく――――っ!?」
振り下ろされるレックスの剣。
サハギンキングが人生の最後に見たのは……ミーザルのドヤ顔ドアップだった。
って、おいミーザルっ!? なんでそこで自己主張するためだけに割り込んだ!?
レックス君がちょっと当てそうになって焦ってただろうがっ。
こいつが最後に見たの俺! じゃないよっ!?
アルセ――――っ、ドロップキック!
「ウッキャ――――ッ!?」
割り込んだ空気を読まないミーザルが処罰される横で、レックスは剣を鞘に納めてヲルディーナに振り返る。
「どう……して? いつから、気付いてたの?」
「最初から。君が嘘を付いている事、俺を利用しようとしてることは分かってたよ。でも、君が困っていることも分かってた。だから、皆に乗ることにした。彼らなら俺が暴走したところでこうして止めてくれるって分かってたし」
「でも、でも私は、お父様の娘よ! リフィにとっても、貴方にとっても敵だわ」
「敵なモノか」
ヲルディーナに近寄ると、その腕をとり引き寄せる。
「あっ」と声を漏らすヲルディーナを、レックス君は自分の身体で受け止め抱きしめた。
「もう、敵だ味方だって肩肘張る必要はないんだ。君は父親に別れを告げた。見知らぬ誰かも倒された。君はもう、自由だ」
ぎゅっと抱きしめる腕に力を込める。
彼女の下半身である犬たちは、空気が読めるのか騒ぐのをやめてスカートというかワンピースの中に隠れてしまった。
これでは普通に男女が抱き合ってるようにしか見えないじゃないか!
「自……由?」
「ああ、自由だ。君を縛るモノはもう、何も無い。できるなら、俺と一緒に来てほしいけど。決めるのは君だ。お母さんの元へ行くのもいいし、残った魚人を纏めて魔王になるのもいい。何を選んでも、俺は君と共に居たい」
直球過ぎるよレックス君。
クサい台詞を聞かされたヲルディーナは目を見開く。
信じられない顔をしつつも、彼女は今、ようやくレックスを認識したようにぎゅっと両手で彼の背中を抱きしめる。
「いいの? 私酷い女よ。嘘は付くし騙すし、我がままだし、こんな体だし。ニンゲンじゃないし」
「それでも俺は、君が好きだ」
直球過ぎるよレックス君!?
「……私でよければ、貰って下さい」
うそん!?
レックスの肩に顎を乗せてさらに身体を密着させるヲルディーナさん。え? マジで? いや、おかしいおかしい。いくらなんでも急展開過ぎるだろっ! ねぇ、リエラ、パルティ、おかしいよね!? って、何で二人ともいい話だ。みたいに瞳を濡らしてるの!?
ねぇ、おかしいよね? ちょっと、なんで他の皆もよかったねムードなの!?
ちょっと、あ、こらレックス。キスは止めろっ。なんでこんな皆の前でしようとしてるの。
二人の顔は自然に近づいて……とかいらないから。
アルセ見ちゃダメーっ!
とっさにアルセの両目を塞ぐけど、意味がなかった。
ええい、こここそ貴様の活躍どころだ。いでよミーザル!
アルセはキスを見ようとした。
しかし彼女の前にはミーザルが自己主張を始めている。
ふっ。勝った。
アルセがマセた少女になることは防げたが、代わりになんでミーザル見せるのっ。とばかりに膨れたアルセにぽかぽか殴られました。
嫌いにならないでアルセぇ。




