その文字を、彼らは知らない
男は嫌みなくらいすがすがしい二枚目で、勇者とか言われても信じてしまいそうになる容姿。
銀色の胸当てやレッグアーマーを付け、腰元に差していた剣……ロングソードというべきか。を引き抜き、緑の少女に向ける。
ネッテと呼ばれた女の方はピンクの髪をポニーテールに束ねたスポーティーな女性で、白いローブを着て、樫の杖を持っている。
魔法使い? とついつい思ってしまうが、現実問題そんな力を使えるわけが……
「シェ・ズ」
ネッテが杖を掲げて言葉を吐くと、緑の少女は慌ててしゃがむ。
緑の少女の身体があった場所を風圧が通り過ぎ、背後の木に切れ込みを作った。
「な、なんだよこれ……」
緑の少女が助けを求めるように僕を見る。
何かを判断するより早く、僕は少女を抱えて逃げ出した。
ああもう、一体なんなんだ!? 魔法って、本当に魔法なんて! やっぱり異世界だよっ。確証得ちゃったよ。
僕は異世界に来てしまったことがコレで証明されてしまった。
素直に喜べる状況じゃないけどさぁっ。
「ちょ、何あれっ、宙に浮いてるっ?」
やっぱり、僕は彼らに認識されていないらしい。
小脇に抱えられたアルセイデスは傍から見ると足をバタつかせ、きゃっきゃと楽しそうにしながら空中を浮遊しているようにしか見えないようだ。
「空飛ぶアルセイデスかよ!? まさか、新種か」
冒険者たちは唖然とした顔をするが、すぐさま頷き合って追い掛けて来た。
「絶対捕まえるぞネッテ、国王に差しだせば金が貰える」
「えぇっ、捕獲するのっ!? 追い詰めないでよ、マーブル・アイヴィなんて使われたら洒落にならないわよ。アレ斬れるナイフとか持ってないんだから!」
ぐああっ、あいつら速いっ。
しかも、全然疲れてないしっ。
さすがは冒険者か。こういう場所に慣れてやがるっ。
普段からの運動不足が悔やまれる。
せっかく唖然としていた分開いていた差は殆ど縮まり、ともすれば相手の伸ばした手が緑の少女に触れるかといったところまで追い付かれる。
でも……
森を掻き分け逃走していた僕の前に、またも障害物。
化け物と戦闘中だったらしい少女が、今まさにトドメを刺されそうになっている現場に遭遇してしまう。
二足歩行の牛のような化け物が斧を持ち、それを振り上げているところである。
しかも、速度が付き過ぎていた僕は、あろうことか化け物にダイレクトアタック。
周囲から見れば、緑の少女が化け物に頭突きするように映ってしまった。
化け物にぶつかった拍子に緑の少女が手からすっぽ抜ける。
幸い大した衝撃はなかったようで、ころころと転がり地面に寝そべってしまっていた。
僕は化け物を押し倒し、慌てて距離を取って緑の少女のもとに駆け寄る。
「ど、どうなってんだ?」
「わ、わかんないけど助けなきゃっ」
僕が緑の少女を抱き起こす間には、化け物に突撃する男と、魔法を唱えるネッテ。
あっという間に化け物を倒して、少女の危機を救っていた。
男が化け物を切り裂くと同時にネッテの氷結魔法により化け物が氷漬けに変わってしまった。それを男が砕き割る。
「あなた、大丈夫?」
「……な、なんとか」
ネッテに助け起こされた少女が立ち上がる。
レザーメイルに身を包んだ少女は刃零れした剣を杖にして、緑の少女へと歩み寄る。
何をする気だと、いつでも抱えて逃げられる体勢にいた僕だったが、その想いは杞憂に終わった。
「ありがとう。あなたは命の恩人だわ」
言われた緑の少女は、首を捻っていた。
ネッテと男も、顔も見合わせる。
「人助けちゃったけど……どうする?」
「この森の守り神か何かかもな。さすがに王国に売るわけにゃいかねぇか」
「逆鱗に触れたりしたくないしね……」
なんだかよくわからないが、彼らから緑の少女への敵意が消えたことは確かだった。
それにしても……守り神って……いや、そう思われた方が都合がいいのか?
……待てよ。この人間たちだったら、僕のことも分かるかも。
一応、今ここに僕は存在していないので、緑の少女にそこら辺から拾って来た木の枝を持たせる。
前に持っていたはずの木の枝はどこかに落としたらしく緑の少女が持ってなかったからだ。
逃げる時に落としたんだろう。
首を捻る緑の少女の手を操り、――――聞きたいことがある――――と地面に書いてみる。
「お、おい、何か書いてるぞ!?」
「ま、魔物よね? 知能あるの!?」
冒険者の二人が驚いた顔をするが、助けた少女はしゃがみ込んで文字を目で追う。
「これ……なんて書いてあるの?」
と、書き終ると同時に聞いて来た。当然、緑の少女は首を捻る。
どうやらひらがなでは伝わらないようだ。
英語でワッツユアネイムと書いてみる。
「ご、ごめんなさい、魔物言語とかはわからなくて……」
数字で1+1=と書いてみる。
「あ、あの、お二人は、これ、わかります?」
後ろの冒険者を交え、三人で首を捻りだす。
こ、これで最後だ。
望みを託し、僕は絵を描いた。
とりあえずリンゴの絵を描いて見る。
伝わるか……?
「絵……だな」
「果物か何かかしら」
「でも、こんな木の実、見たことないですよ」
僕は膝から崩折れた。
相手は人間なのに、同じ人間なのに……
意思を伝える手段がない――――だと?
言葉が理解できるのに、なぜ通じないっ。
「何か伝えたいみたいだけど……」
「さすがに理解できないなこれは」
「んー。ねぇ、よかったら私と一緒に来ませんか? 学者さんとかに聞けば解読できるかもだし」
助けた少女が緑の少女に手を差し伸べる。
緑の少女は首をかしげつつも、その手を取った。
そして、僕と緑の少女は彼らと行動することになったのだった。