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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第二話 その街の影の守り手を彼らは知らない
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その猿の忠誠度をアルセは知る気はない

 目の前に猿がいた。

 ぐるぐる巻きの猿がいた。

 猿の魔物の名はミーザル。そして、アルセにとっての仇敵である。


 罪状はアンブロシア窃盗罪。裁判官はアルセ、検察官はアルセ、弁護士は皆無。

 判決、私刑!

 というわけで、ただいま縄を巻いたミーザルを皆で囲んでます。

 彼の目の前にはアルセが仁王立ちでもーっといった顔をしてます。


 そしてミーザルの横にはのじゃ姫。何が楽しいのかミーザルの頭をのじゃのじゃと叩いていらっしゃる。

 逆隣はネフティア。顔を踏まれてお怒りのようだ。

 普段より幾分ムッとした顔でミーザルの頬を抓っている。


「うきゃぁ……」


 頼む俺を許してやってくれ。ちょっと調子に乗っちまったんだよ俺が。

 そんな感じに悪びれた様子のないミーザル。

 アルセは頬を膨らませて無言の対応だ。


「うきゃ、うきゃっ!」


 俺はあんたの助けになりたいと思って来たのさ。知恵を授けられて俺賢くなったんだぜ俺!

 両手が封じられているので目を瞑ったままの猿は自己主張出来ずに物凄くストレスを感じているらしい。身体を揺すってなんとか自分を指差そうとしているが、拘束が強過ぎて出来ないようだ。


「うきゃきゃきゃきゃっ」


 頼むぜ、俺を仲間に入れてくれよ? 俺だぜ俺、俺を仲間に出来るんだぜ? なぁ、びっくりだろ、俺が仲間になるんだぜ? ほら、お得だろ、楽しみだろ。俺目立つぜ、しっかり働くぜ? あの果実の分俺に奪われて良かったと思えるくらいに働くぜ俺? その為にこんなボロ馬車に来てやったんだぜ俺が!


 言葉のニュアンスを訳すだけでイラッと来るのですが、コイツやっちゃっていいですかね?

 ねぇある……アルセ!?

 アルセは無言で踵を返してミーザルから距離を取り、皆の見ている前で縁へと向かい、そこからダッシュ。

 身動きできないミーザルの寸前で踏切り、両足をミーザルに向けた。

 マリナ直伝、ドロップッキックだあぁぁぁぁっ! 決まったあぁあぁあぁあぁあぁっ!!


 「ぎょぷっ」と訳のわからない言葉を残し、ミーザルが吹っ飛ぶ。ごろごろごろっと馬車内を転がり、縁に頭をぶつけてノビてしまった。

 すげぇ、今のは綺麗なドロップキックだった。

 アルセの怒りが全て乗っていたように思える会心の一撃だ。


 ふんす。と息を吐き出したアルセ。どうやらこれで許してやるってことかな?

 甘いなぁアルセは。でもそこが大好きです。

 僕は思わずアルセの頭を撫でていた。


 まだ怒りは収まりきってないアルセだったけど、僕に気付くとまぁいいか。といった顔でミーザルから視線を逸らして馬車の御者台へ。景色を見て気を鎮めるようです。

 のじゃ姫とネフティアがその行動を見て顔を見合す。

 珍しく怒ってたのじゃ。といったきょとんとした顔だった。


 ついでに、ネフティアがミーザルの顔をふみふみして自分がされたことをヤリ返していたのは見なかったことにしておこう。

 目には目を、寝ている時踏み台にされたのだから気絶中に踏んづけるということらしい。

 ついでにのじゃ姫はまだ叩き足りないようでにっくんの頭をのじゃのじゃと叩いている。

 あの娘は人の頭叩くのが好きなんだろうか?

 にっくんも叩かれるごとにボールみたいに弾まなくてもいいよ?


「おおーっ」


「どうしたのアルセ?」


 アルセが感嘆の声を上げたので、僕とリエラが様子を見に行く。幌を開く時に手が触れ合って、リエラがちょっと顔を赤らめていた。

 何かごめん。


「アルセ、何が……うわぁっ」


 海だ。

 海が見える。

 まだまだ遠いけど遥か彼方に海があるのが良く分かる。


 丘というか山というかから道なりに進む馬車から見下ろす形で見える港町。その先に広がるエメラルドブルーの海が煌めいて見える。

 潮風が吹き、空気が変わったことを嫌でも知らされた。


「歩きだと一日野営しないといけないんだけど、馬車だと速いですね」


 すぐ後ろに現れたマクレイナがリエラに告げる。慌ててそうですね。と答えながらも、リエラの瞳は海に固定されたままだ。

 初めて見る海。湖は見たことあるリエラだけどここまで広大な水面は初めてだっけ。


「これだから、冒険は止められません」


 ふいに、呟かれるリエラの言葉が耳元をくすぐる。

 気が付けば、アルセの後ろで僕らは互いに肩をくっつけ合いながら御者台の縁に腰掛けていた。

 御者さんもマクレイナも気付いてないけど、なんか凄くリエラと近いんですけど!?


「えへへ。凄いですね透め……あ」


 気付いたリエラが一瞬停止し、即座に顔を赤くしていく。


「ん? どうしたんですかリエラさん?」


「な、ななな。なんでもない。なんでもないですよマクレイナさんっ!」


 慌ててマクレイナの顔を押さえこむように幌内に押し込み、自分も逃げるように去っていく。

 ちょっと切ない。放置された僕を振りかえり、アルセがぽんぽんと膝を叩いて来た。どんまい。だって。

 うぅ、アルセありがとう。

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