特別編・その少女の成り上がりを僕は知らない
名も無き少女は呆然とソレを見つめていた。
たった一日で貴族の館から姿を変えた神聖なる大教会。
急にできたその教会の名は、アルセ教本部。
異世界組とこの世界の王侯貴族が関わったせいでマイネフランにある教会の中でも一番荘厳で壮麗になった、まさに神が住まう神殿だった。
教会はおそらく三階建てだろう。その建物の最上部には巨大な鐘楼が存在し、定時に鳴り響く仕掛けになっているらしい。
その時刻は皆が働き始める午前六時、そして通常の仕事が終わる午後六時の二回のみ。
天使のレリーフが刻まれた鐘楼は吹き抜けで鐘の部分が見られるようになっており、鐘に向き合うように支柱に刻まれた天使の掘り物は浮き出て見える立体的な造形になっている。
さらに窓はステンドグラスが使われており、反射された光が地面を綺麗に彩っていた。
入口は巨大な観音開きになっており、聖樹製の扉と、それを装飾するオリハルコン素材の蝶番。蔦をイメージした扉の周囲のオリハルコンは、アルセイデスをイメージしているらしい。
ライオンの顔を象ったモノがドアノブとして取り付けられており、口の中にワッカが取り付けられている。
これを引いて開くようになっているらしい。
さらに、扉を守護するように作られた二つの像。阿吽像というらしい。
正直少女には恐ろしい巨人にしか見えない。まさに門番だった。
その少し前に出た場所には四角い柱の上に彫刻されたケルベロスとオルトロス。最高司祭であるジェーン・ドゥ曰く、狛犬の代わりだそうだが、国民には良く分からないようだった。
そしてケルベロス達の目線は少し街道へと向かった先に居る、外道勇者ヘンリーを睨むように設置されていた。
彼はあの場から動けないらしい。今も教会を見上げる少女を面白くなさそうな顔で睨んでいた。
「おいクソガキ。孤児がこんなとこに何の用だァ」
少女はヘンリーの言葉にすっと手を上げ、阿像と吽像の手から下げられたプレートを指差す。
そこに書かれていたのは、求む聖職者。
つまり、急遽の設立のせいで人数の足らない教会を運営する司祭やその手伝いを募集するモノだった。
「はぁ? おいおい、孤児の餓鬼が司祭狙いかよ。大きく出たなぁ。門前払いって言葉知らねぇの」
確かに、身なりは汚いし、一度も洗ってないせいで臭いも酷い。髪は輝きを失い油塗れでお世辞にも可愛いとも言えない容姿だ。
でも、それでも。憧れたのだ。
ピアノを弾く聖女の姿に、人のために自ら頭を下げる聖女に。国民を救うため、その血を差し出した現魔物神アルセに。
それに、募集要項にあるのはアルセ神への篤き信仰心だけ。身分は問わないとされていれば、彼女にだってチャンスはある。
信仰心は他の誰かに負ける気などなかった。
自分は貧民街の存在だったのだ。本来相手にされるはずもない彼女にまで、聖女は手を差し伸べ、分け隔てなく黒死から救ってくれた。
マイネフランの国教より、国王より、余程信頼できる存在だったのだ。
それこそ、自分の人生を全て注ぎ込んでも構わないと思うくらいには。
意を決し、少女はドアを開く。
刹那、少女の目に飛び込んで来る見たこともない光景。
ステンドグラスから取り込んだ光が荘厳な内部を幻想的に染め上げていた。
目の前には巨大なアルセイデスのレリーフ。微笑みと頭の花からアルセの像であることは容易に想像できた。
クリスタル製のそれは真下から光が当てられ神々しく煌めいている。
その真下に存在するのが司祭用の壇であり、赤い絨毯が敷かれたその場所に、赤い絨毯がT字のように真っ直ぐ入口まで伸びている。
その絨毯の左右に無数の長椅子。ともすれば他の教会よりも巨大に見える程の大人数を収容できる椅子の群れに、既に多くの人々が座っている。
本日壇におわすのは、何故かマイネフランの国教を教えているはずのロリデッス神父だった。
アルセ神の可愛さとその素晴らしさを涙ながらに熱く語っている。
少女は一番後ろで立ったまま、その素晴らしき教えを熱心に聞いた。
幻想的な世界に響く神父のお言葉。
まるでこの世界とは別の世界に来たかのような初めて見渡す景色に、少女は自分の世界が音を立てて崩れさるのを知った。
自分が生まれ変わるような不思議な感覚。
アルセ神に導かれるような、自分の使命を知ったような運命にも似た決意。
ミサが終わると共に、少女はロリデッス神父にこの神殿で働きたい旨を伝えるのだった。
後に、アルセ教本部にて新たな聖女が誕生する。
アルセ神とロリコーン神の愛情を受けし名もなき聖女。聖なる少女、セインと呼ばれる彼女の成り上がりは、今、始まったばかりであった。
「ったく、なんでこの俺がこんな目に……」
ついでに、彼女が教会に入った後、胡坐を掻いて頬杖をつくヘンリーの背後に、ドワーフをリーダーとした三人の男が近づいていたのだが、その後どうなったのか……誰も知らない。




