その勇者たちの勝者を国民は知りたくなかった
「たった一撃で死んでくれるなよ? カイィン?」
言葉と同時に踏みこむヘンリー。
「ステータスハイブースト! ライトニングスタンピード!」
紫電を纏ったように光速で迫ったヘンリーの一撃をぎりぎりで受け止める。
あまりの衝撃に受けたカインが吹っ飛んだ。
熱風が吹き荒ぶ直ぐ前に背中から落下したカインは上半身を起こして驚きを露わにしていた。
自分とヘンリーの実力差が一気に広がったことに驚きを隠せなかったようだ。
「ふん。どうしたカイン? 所詮貴様は勇者の器などなかったのさ。わかるだろう? 俺に全く届いてないのが。貴様にネッテは守れねぇんだよ。ひゃはは。あ、そうだ。いいこと思いついた。テメェを気絶させたらお前の前でネッテを凌辱してやるか。折角だから国民のミナサマも巻き込むのも、いいよなァ?」
「ヘンリィィィ――――ッ!!」
立ちあがったカインは剣をしまう。
なんだ? と怪訝な顔をするヘンリー。
カインは腰元からアルセソード改を引き抜いた。
「ステータスメガブースト! 縮地! 億閃貫牙斬!」
「なんっ!?」
カインも負けちゃいなかった。
まるで大地が無くなったかのように、瞬きするより早く、ヘンリーの目の前に出現したカインが億の閃光を走らせる。
ぎりぎり自動迎撃を発動させたらしいヘンリーだが、さすがにこの連撃を防ぎきることは出来なかったらしい。
体中に切り傷を作って舌打ちする。
「舐めるな雑魚がァ! テメェは地べたに這い蹲ってればいいんだよカインッ!!」
怒りに任せた強烈な薙ぎ払いがカインに襲いかかった。
前に前にと出ていたカインはぎりぎりでアルセソードで受けるが、アルセソードが圧し折れる。
勢いを殺し切れずにごはっと血を吐きながら真横に飛ばされた。
脇腹を押さえ、吐血しながらもなんとか立ち上がる。
「はっ。そうだ。テメェはそうやって地で這い蹲ってるのがお似合いなんだよカインッ!!」
さすが勇者だ。ヘンリーは強い。とても強い。
勇者に成り立てのカインには届かない程に、実力の差が開き過ぎている。
カインだって強くなったはずなのだ。
僕にはチートの仲間入りにしか思えないのに、そんなカインがよいようにやられている。
そりゃあ、多少なりともひやりとしているところのあるヘンリーだけど、その顔にはまだ余裕がある。奥の手を隠しているのだ。
対するカインは既に限界が近いように思う。
でも……カインは視線を向けて、見た。
祈りを捧げ、自分を一身に見つめ続ける一人の女が居る事を。
自分が愛し、共に歩むと誓い、自分を愛する事を誓ってくれた妻がいることを。
「貴女の為の英雄譚……」
そう、それはたった一人のための英雄だった。
ネッテを救うため。ネッテだけを助けるため。その万難辛苦を打ち払うために勇者になったカインが、唯一守ることを誓った女。自分は、彼女を救うためだけに勇者になったのだから。
だから、その女の目の前で、彼女を悲しませないための闘いで、負けることなど許されない。
勇気を持て。英雄たれ。目の前の強敵は臆するにあらず、打倒すべき壁である。
折れたアルセソードを投げ捨て剣を手にする。
勇者の奥の手、己の命の剣。
光り輝く聖剣を抜き、青年は今、ただ一人のための勇者となった。
「お、おいおい、おもしれぇスキル持ってンじゃねぇか。クソ、出し惜しみは無理か」
そういうと、ヘンリーも剣を投げ捨てる。
「喜べエセ勇者。本当の勇者様の聖剣を見せてやる。くたばれ屑共」
それは憎悪を集めたような真っ黒な剣だった。
まるでカインの剣の対を成すような漆黒の精神剣。
一度空を切り裂き、ニヤリと笑みを浮かべるヘンリー。
「さぁ、死ぬ覚悟はできたか、カイン?」
しかし、そんなカインは目を瞑り、精神を集中させていた。
怪訝な顔を浮かべるヘンリーに、カインは静かに目を開く。
「明鏡……止水」
カイン以外追い付かない世界の中で、勇者は動き出す。
驚き浮かべるヘンリーが動くより速く、カインの一撃がヘンリーと捉えた。
的確に最小限に動くカインの行動はあまりにも速い。
ヘンリーが慌ててスキルを唱えようとするが、それより先に彼の背後に回ったカインの億閃貫牙斬がヘンリーを切り裂いた。
一瞬の決着。カインの勝利だ。
歓声が湧き上がる次の瞬間、なぜか地に倒れ伏すカインと、見下ろすヘンリーの立ち位置が逆になっていた。
これではまるでカインが敗北したようだ。
何が起こったか理解できず、傷付いた身体をなんとか起こすカイン。
その視線の先に、ヘンリーのうすら笑いが見下ろしていた。
え? アレ? 今何が起こったの。さっきの、絶対カインが勝ってたよね?




