その討伐隊アルセ仕様が組まれたことを勇者は知らない
「遅く、ないですか?」
深夜になり、ぽつりと漏らしたのはパルティだった。
不安げに洞窟を見つめる彼女の手は、僕の腕に縋るように触れてきている。
ど、どうしよう。モロ好みの可愛い娘が僕を頼ってるんですが、僕を頼ってるんですがっ。
重要なことなので二度、むしろ何度だって言いたい。
「確かに、三階までならもう、戻ってきてもいいくらいなはずだけど……」
ミルクティさんの言葉にコクリと頷くバズ。
確かに、いくらなんでも遅い気がする。かなり強いパーティーだぞ? あれで負けるとか、ありうるか?
「おい、そこで何をしてる?」
安否を気遣うように、皆が洞窟に視線を向けていたからだろう。
背後から掛けられた声に全員びくんと仰け反ってしまった。
誰だ? と背後を見て、二度びっくり。
そこにいたのは三人の男。
勇者カインともう一人の勇者、アルベルト。そしてその付き人クーフである。
なんで、この三人がここに?
「か、かかか、カインさん!? な、何でここに!」
「皆の帰りが遅いからな、見に来た。王族の宴も終わったみたいでな。後は後片付けだけらしい。披露宴は明日、明後日と続くからな。早めに終わるんだと。明日は王族たちに見せる最後、明後日は民衆に向ける最後。それが終わったらまぁ……初夜だ」
最後! 最後ッ。なんだその照れた顔は。チクショウ、血涙が、血涙が止まらないよカイン君っ。
リ・ア・じゅ・う・死……
裾を引っ張るアルセに気付き、彼女に振り向く。満面の笑顔の攻撃で、僕の怒りは消滅した。畜生、癒し好きな君が憎い、でも大好きだ。
「で? お前らはこんなところに集まって何してる?」
カインの言葉に、僕らは誰も答えられない。
「誰だ? 誰が捕まった?」
半ば確信したようにカインは僕らに近づいて来る。かき分けるように人並みを抜け、洞窟の一番前へとやってくると、僕らを振り向いた。
「パーティーの一員として、聞かせてくれ。あの外道は、俺の仲間の誰を、捕まえやがった?」
ごくり。カインの今まで見た事もないような憎悪の顔に、人知れず息を飲む。
「あ、アルセちゃんと勘違いして……アルセイデスを一体……」
ミルクティさんが耐えきれずに告げた。パーティーの新人だから仕方無い。
でも、これを聞いたカインの怒りは少し下がったようだ。
騒動の犯人はヘンリーだと分かっているみたいだけど、相手が間抜けな事をしたと気付いて溜息がでたようだ。
「んで、皆揃ってアルセイデス助けに来てるのか」
「はい。アカネさんとリエラさんをリーダーにエンリカさん、プリカさん、ネフティア、ロリコーン侯爵、チグサさん、葛餅、デヌさんが向いました」
「めちゃくちゃメインパーティーじゃねぇか。死んだなヘンリー」
まぁ、そうだよね。このメンツ見たら。
「ただ、三階までにしては戻ってこないのが気になってて」
「……そうか。もしかしたら、何かあったのかもしれないな。わかった。俺が行く」
「カインさん!?」
「だ、ダメです。カインさんは今回の主賓ですよ!?」
パルティとミルクティに止められる。でもカインは皆に背を向けるとネズミンランドへと歩を進めて行く。
その左右に、無言で追い付くアルベルトとクーフ。
洞窟に消えようとする三人の背を見つめながら、アルセが僕の裾を引いた。
「そうか。行くんだねアルセ」
僕は思わず声を出し、皆に目を向ける。
「アルセ、君が選んで。誰を連れて行くの?」
僕はアルセを掲げて皆の前に出る。アルセは僕の言葉を理解したのか、初めからそうしようとしていたのか、まずは辰真、パルティ、フレイムベアー、ミルクティ、ルグスを指差す。
気付いた辰真とルグスが最初に動きだす。
戸惑いながらフレイムベアーが前に出るとミルクティとパルティも前に出る。
最後に僕、の背後にいたルクルに指を差し、少し考える。
そして追加でバズとワンバーちゃんを指差した。
「のじゃ?」
私は? みたいに聞いて来たのじゃ姫に、アルセは僕から降りて頭を撫でる。
「おー」
留守番。皆のこと、お願い。と告げるアルセに、泣きそうになりながらもコクリと頷く。
そんなアルセに懐から団子を取り出すのじゃ姫。
アルセが受け取るのを見ると、両手を突き出し力一杯叫んだ。
「のーじゃーっ!!」
絶対に皆帰ってくるのじゃ。そう言っているようで、アルセはのじゃ姫に手を振り、歩き出す。
さぁ、皆行こう。そう告げるように、僕らの先頭を陣取り歩き出すのだった。
武器の用意は? 宝物庫から……ちょっと頂きました。万全です。
防具の用意は? 宝物庫から頂きました。任せてください。
道具の準備は? 無駄に色々持ってるし、大丈夫だろう。
ならば、心の準備は? 当然万全です。アルセの邪魔する奴は即バグ化です。
僕はアルセの背後を歩く。彼女が少しずつ、自分の足で歩み始めたのが嬉しくて、でも少し寂しくて。パーティー仲間の為に何かしようとする彼女の力になってやりたいと、僕は静かに拳を握った。




