表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第三話 その集まり過ぎたモノたちを彼らは知りたくなかった
612/1818

AE(アナザーエピソード)・その舞踏の聖女を彼らは知らなかった

 コットン共和国国王、ハーケン・ディアル・コットンは困っていた。

 この国に入った頃に受け取った報告は、なんと自分の愛娘が大軍を率いてこの国に攻め寄せるため、姿を隠してハーケンの移動に付いて来ていたというのである。


 勇者の合図で動きだすと言われても、既にマイネフラン城へと入ってしまった彼には止める事ができなかった。

 かといってマイネフランに告げようとすれば、ここに集まった国々におのれの国の失態が伝わってしまう。

 こうなれば、成功すればそのまま、失敗すれば娘の一存と丸投げして断罪するしかないだろう。


 幸いにも次期国王となる息子は自分に付いて来ている。行き遅れの娘が一人死ぬことになろうとも汚点はそれ程ではなさそうだ。

 だが、マイネフランに攻め寄ったという事実は変わらない。

 鎮圧されたことを知らされてからはどうやって自国の損失を減らすかを息子と二人唸っているところであった。


「父上、聖女の曲、素晴らしかったですね」


「うむ。歌がなかったのが少し残念だが、むしろ歌がなくとも情景が浮かぶのは芸術の域を越えている。まさに聖女の旋律であった。だが、それがどうしたメルトガルド?」


「アプローチ、してみようかと思います」


「しかし、聞けばあの者は準男爵程度の下級貴族であろう?」


「ですが、あの技術は惜しい。おそらく他の国々も狙っているでしょう、マイネフランに有利な交渉を考え、あの聖女を自国に取り入れんと考えているはずです」


「ふむ。確かに」


「これからダンスが始まります、私が彼女を誘ってみましょう」


 そう言って、ダンスが始まろうとしていたダンスホールを突き進むメルトガルド。

 お目当ての少女はそれなりに着飾っているが、やはり下級貴族であるという華美の足らなさがでている。正直聖女という付加価値がなければ有象無象の芋娘だ。

 もう少し聖女然とした服装はなかったのか。マイネフランも愚かだな。


 ハーケンは顎髭をなぞりながらダンス曲が流れるのに気付く。

 どうやらダンスが始まるらしい。

 思い思いの面々がパートナーと共に踊り出す。

 各国国王は共に連れて来た夫人と、息子たちは同じように連れて来られた娘たちに声を掛けて行く。


 そんな中、やはり一番人気はリエラという少女だ。

 周囲の男達が煌びやかなのに対して、そこまでの綺麗さがないドレス。なぜソレを着てしまった? と言える程に周囲と見劣りする少女は、一人の王子に無理矢理連れられ踊り始める。

 

 だが、その踊りも最悪だった。

 足を踏まれ、足を踏み、もつれ倒れそうになり、必死に謝りながら慣れない踊りを踊る。

 もはやダンスではなく滑稽な足踏みだ。


 涙目のリエラが可哀想になったのだろう。今回の主役であるネッテが割り入り、王子の一人に謝りながらリエラを下げる。

 王子が彼らの下位王国であるコイントスのアンサー王子だった御蔭でおとがめ無しだが、下手な上位貴族相手にあの踊りようでは斬り殺されても文句が言えんぞ? あれで舞踏の聖女とは笑わせる。

 誰だ、楽師だけでなく舞踏でも聖女と呼ばれていますよ。等と言った給仕は?


 だが、その給仕の言葉は事実だった。

 落胆した次の瞬間、ハーケンは漏れた溜息を聞いて再びリエラへと視線を向けた。

 聖女が……そこに居た。


 聖女以外誰もいない。パートナーが居ないリエラが踊っている。

 たった一人のはずなのに、誰も彼もが彼女の前で踊る誰かを夢想する。

 そこに、誰もいないのに誰かが居る。

 そう見える。動くリエラの迷い無い踊りが、誰もいないはずの場所に一人の男性を形作っていた。


 舞踏の聖女。それは他の男を必要とせず、神と踊る巫女のような存在という事だった。

 他の男に合うはずもないのだ。なぜなら彼女のパートナーは既に決まっていたのだから。

 そんな聖女に言い寄ろうなど、神が選らんが娘を掻っ攫うのと同じ不敬な事だ。


 芋娘? そんな訳がなかった。

 見劣りしていたはずのドレスが、今は誰よりも美しい。

 踊りを止めて皆が思わず注目する程に、彼女をドレスが映えさせ、彼女がドレスを映えさせる。


 たった一人で踊る聖女。

 神と共に踊る彼女を見ていると、自然熱い涙が溢れ出る。

 こんな踊りを一生のうちに見れた自分は幸運だ。そんな思いが涙となって内から止め処なく溢れだすのだ。


 息子と無理矢理婚約させて王妃に迎えよう?

 そんな思いは一瞬で消えた。

 神に愛されし聖女は神のモノだ。おいそれと王族が手を出していい相手ではない。


 隣を見れば、自然と両膝を付き、聖女に祈りを捧げる男が居た。

 そうだな。と思わず納得した。

 ハーケンは同じように膝を付き、己の聖女に最大限の敬意を込め、祈りを捧げ始めた。


 この日、リエラ自身が気付かぬ間に、リエラを神の妻、あるいは神の娘と崇める者たちが王侯貴族に多数出現したのだった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ