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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第二話 その準備する者たちを彼らはまだ知らない
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その二人? だけの夜を僕らしか知らない

 深夜。僕はこっそりと宿を抜けだしていた。

 別に音楽の練習をやるつもりはない。

 宝物庫でしこたま練習したせいで、なんか孤独感が一気に押し寄せてきたというか……


 夜の噴水傍のベンチに腰掛ける。

 夜の街は静寂とは言い難い。

 遠くから飲み屋街の喧騒が聞こえている。

 おそらく、眠らない街なのだろう。


 深夜でも時々兵士さんが巡回しているので人の気配もそれなりにある。

 浮浪者も結構徘徊している。

 さすがに犯罪者や闇ギルドの人みたいなのは見えないけれど、人の気配が絶えることはなさそうだ。

 この国にも、夜の顔というモノがあるらしい。


 ベンチに腰掛け空を見上げる。

 そういえば、夜間こうして空を見上げたこと、何度あっただろう。

 殆ど無かった気がする。

 何しろ忙しかったからね。いろんな意味で。

 空を見上げている暇なんてなかったよ。


 瞬く星は向こうの世界とはあまり変わりがない。

 前も、こうして見上げたよな。

 そう、空を見上げた。

 一人きりの時、綺麗だなって空を見上げた。

 ビルの上で、ただ一人、自分以外誰もいなくて、自分には何もなくて……


 ザァ――――ッ


 不意に、思い出にノイズが走る。

 おかしい。あんな場面、あったか?

 僕の記憶の中に、あんな寂しい記憶は、あれ? なんで僕はビルの屋上に立って空を見上げていた?

 僕は……僕はあそこで何をした? 何をしていた? 何のために僕は……


「横、開いてますか?」


 不意に、声が聞こえた。

 抱えていた頭を上げる。

 恐る恐るといった顔のリエラが立っていた。


 リエラ? なんでここに?

 僕は、誰にも見えないはずだ。なぜここに来られる?

 呆然としていると、おずおずとリエラが近づいて来て、僕の肩に触れる。


 びくりとして、でもそこから僕の姿を手探りしながら僕の横に座ってくる。

 戸惑う僕の横で、リエラはふぅっと息を吐いた。

 夜空を見上げ、うわぁと感嘆を漏らす。


「透明人間さん、綺麗ですね。今までずっとネッテさんやカインさんに着いて行くのが精一杯で、アルセとか賑やかだったから空を見上げるの、久しぶりです。本当に、久しぶりだなぁ……」


 うっとりとした横顔。夜空を見上げるリエラはとても可愛らしい。

 こういう時、男としては君の方が綺麗だよ。とか言って場を白けさせるのが常道なんだろうけど、僕は声を出しても気付かれないので、同じように空を見上げる。


「気になりますか? 私がここに来れたこと」


 確かに、それは気になる。


「アルセが教えてくれたんです。あなたのもとへ、行ってあげてって、指で教えてくれました」


 アルセが? 本当に、アルセは変な進化遂げてるから何があってもついつい納得してしまうなぁ。

 バグソナーでも覚えたんだろうか?


「後は、ルクルさんを目指せば自然と辿りつけました」


 ルクルェ……

 周囲を見回せば、噴水の奥から視線を向けて来るルクルさん。

 どうやら噴水挟んだ向こう側に隠れているらしい。

 頭出てるからまるわかりだよ。今まで気付かなかったけど。


「何故ここにいるのかはよくわかりませんが、もしかしたら私と同じ想いなんですか?」


 お、同じ想い!? そ、それってまさか。相思相愛とか? え? え? もしかしてこれ、恋愛フラグですか。き、ききき、キスしちゃいますか!? 


「私、今……」


 こちらに振り向く潤んだ瞳のリエラ。もしかして、いや、まさかそんな。

 いいのかい、リエラさん。姿見えないけど、いいのかい。このままキスしちゃっても、いいんですかっ!?



「凄く、不安なんです」


 そうかい、不安かい、じゃあいただきま……は? 不安?


「透明人間さんも、何か不安な事があってここで一人でいるのかなって、その、違いますか?」


 ああ、うん。不安ね。不安。うん。不安だったよ。安全な男性じゃ無かったよついさっきは。ふふ。あはは……はぁ。

 一人舞い上がってちょっとテンション下がりました。

 溜息を吐いてリエラに視線を向ける。


「前は、透明人間さんの御蔭で何とかなりました。でも、また人の前で演奏とか、舞踊なんて、私……」


 そういえば、リエラいろいろやるように言われてたね。

 でも、安心してよリエラ。演奏の方は僕がやるからさ。


「演奏、私も頑張ってみたんです。音楽が人並みに出来るようにって、でも無理でした。私、楽師の聖女なんて言われてるけど、音楽の才能、なかったみたいで」


 あはは。と力なく笑うリエラ。


「踊りの方も、あれからカインさんとかと踊ってみましたけど全く出来なくて。カインさんの靴六回踏んだし、転んだりいろいろで……だから、ネッテさんにお願いして、その、透明人間さんさえよかったら、私と踊ってくれませんか?」


 不安げに告げるリエラ。そんな不安そうにしなくてもさ、僕は手伝うよ。

 リエラが王族の前で恥をかかないようにね。

 だって、折角知り合えた人が、しょうもない理由で死刑や流刑になるなんて見過ごせるわけがないじゃないか。


 そっと、頭を撫でてみる。

 了承と受け取ってくれたのだろう。控えめな笑顔でありがとうございます。と、目元に浮かんだ雫を指先で拭うリエラ。

 でも、雫が再び現れる。

 いや、雫じゃない。目から溢れる涙は、とめどなく流れ出す。

 声を殺して泣き始めたリエラ。僕は戸惑いながらも、怖々、肩に手を回す。引き寄せると、抵抗なくリエラは身を寄せた。


 ありがとうございます。えづくような泣き声が小さく漏れた。

 それが不安による悲しみなのか、安堵による嬉し涙なのかは僕には分からないけれど、僕はしばらく、リエラの押し殺した鳴き声を聞きながら、空を見上げるのだった。

 そんな僕らを、二つの目だけが、ずっと見つめていた。

 ……ルクルさん、怖いから普通に横に居ていいんですよ?

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