その少女の異常さを彼は知りたくなかった
「っと、まぁ、そんな感じだなぁ」
折角なので酒場に顔を出してデヌさんが話を聞きまわっていた。
武器屋で情報を得たので、それを確証させるために沢山の人に同じ話を聞いているのです。
今、目の前に居るのは丁度この酒場で飲んだくれていたおっさん三人組。
「いやー、アルセちゃんはホント、すげぇよなぁ。あんなパーティー集めちまうんだからよ」
「ああ」
「そうだハードモットさん。あの話してやりましょうか。俺が目醒めちまった新種のツッパリどもの闘い」
あれ? このおっさんなんで裏番長のこと知ってんの?
スキンヘッドなおっさんが楽しげに話しだす。しかも内容がだんだんおかしい方向に……あかん、この人の話アルセに聞かせちゃダメな奴な気がする。
そっと、アルセを連れてその一角から遠ざかる。
デヌさんは気付いてないみたいだけど、しばらく会話聞かせないようにしよう。
アルセの耳を押さえていると、何してるの? といった顔を向けて来るアルセ。
気にしないで、あいつら真性のガチさん共みたいだから。
やべぇ、前に聞いてたハードモットさんのあの噂、マジ物だったみたいだ。
「んでなぁ、坊主、これから暇か?」
「ん? ああ。まぁ暇といえば暇だな。宿に戻るのもちょっと……」
キラン。ハードモットの目が一瞬光った。
うわ。これマジに危険だ。デヌさん、ちょっと狙われてる。お尻狙われてますよ。
「いやぁ、魔族の兄ちゃんなんて初めてだぜ俺ぁ」
「そ、そうか? まぁ魔族自体すでに数が少ないからな」
「だろうなぁ。んじゃ、行こうか」
「む? どこへ行くのだ?」
「んなもんいいところだよ、い・い・と・こ・ろ」
ハードモットが立ち上がり、デヌの背中に回り込むと酒場の入り口向けてデヌを押して行く。
残り二人の男達も期待に満ちた顔で立ち上がると、デヌの左右を塞ぐように歩き出した。
「店主、釣りはいらんぞ」
ポーンと革袋を投げるハードモット。いつもの事なのだろう。店主はその中身を取り出すと袋だけを投げ返す。
「お、おい、待て、俺はまだ他の奴らに話を……」
「大丈夫大丈夫、話なんざいつでも聞けるさ」
デヌさんが、デヌさんがヤバいっ。そしてここでデヌさんを見捨てた場合、パーティー内にホモォが生まれかねない。
僕は慌ててアルセを動かしデヌの前を遮るように飛び出した。
「うおっ!? どうした嬢ちゃん!?」
アルセを使ってデヌの裾を握り、走りだす。
アルセが空を飛びながらデヌを連れ出したように見えたのだろう。
飛んだ!? とかすげぇ!? とかの声が酒場から上がる。
一部俺酔っちまってんのか。とか言いながらテーブルに突っ伏して寝始めたのもいるけど飲んだくれ共は放置だ。
「く、クソッ、初の魔族を奪われた!?」
「ハードモットさん、どうします?」
「追え! あれは俺の獲物だッ、奴の尻は誰にも渡さんッ!」
「行くぞモンド!」
「了解」
お、追って来た!? なんか本気で追って来た!?
「ど、どうなっているアルセ? 奴らはなぜ俺達を追って来るのだ!?」
アルセが引っ張るだけでは遅かったのでデヌさんには自分で走って貰いアルセに付いて来て貰う事にした。
とりあえず、疑問とか僕は説明できないからっ、とにかく逃げろ!
「尻がどうこうといっているぞ? 奴らはなんなんだ? ただのニンゲンではないのか!?」
ヤバいぞ、あのモンドとマイケルっつったっけ、あの二人異常に速いっ。
「そこまでだデヌ!」
「さぁ、大人しく仲間になるがいい」
モンドの声で思わず立ち止まるデヌ。
僕らの目の前に着地したモンド、左にあった脇道を塞ぐように追って来たマイケル。
そして背後から追い付いて来たハードモット。
じりじりと包囲を狭め始める。
「な、なんなんだ貴様等は!? なぜ俺達を狙う?」
「お前達ではない。俺が狙うのは一つ、貴様の尻だけだ!」
ハードモットさん、ここ往来っ。
アルセもちょっと困った顔してます。
お尻がほしいってどういう意味? みたいな顔しないでっ。意味は説明出来ません。
とりあえず、デヌさんを庇うようにして右の壁へと追い込まれて行く。
アルセもようやく三人が敵であると認識したらしい。
むぅっと顔を歪めています。
「ど、どうなってる。こいつらは俺の尻を手に入れて何をするつもりなんだ!?」
「当然ナニするに決まっているだろう。大人しくついてこい!」
「嬢ちゃん、悪いことは言わねぇ。そいつをこちらに渡しな。嬢ちゃんは無傷で逃がしてやるよ」
お前らどこのチンピラだよ? 普通狙うのって可愛い女の子の方だろッ。いや、アルセ狙ってたら僕が本気で潰してたけどさっ。バグ舐めんなよっ。って感じだったけどさ。
「チッ、しかたねぇ。バズラックさんの恩人パーティーの姫さんだが、今回だけは排除させてもらうぜ」
「元護衛観察対象を倒す日が来ようとは。これも運命か」
「倒す」
三人は口々に訳のわからない事を言いながら飛びかかってきた。
アルセを引っぺがしデヌを拉致するつもりなのだろう。
しかし……
「おーっ!!」
地面を割り裂き絡め取る強固なる蔦。
マーブルアイヴィでハードモットが緊縛され、地面から現れた小型アルセが破裂してマイケルが顔を押さえながらのたうち回る。
空中に現れた謎の腕がモンドに突撃しお腹を直撃、呻いた彼の襟首を掴みぺいっと投げた。
あ、アルセ、そこぼったくりのヤバい店……
店員さんが突然店に入ってきたおっさんをキャッチして良いカモ見っけ。みたいな顔で店の中に引きずって行った。はい、ドンペリ10連チャン入りまーす。
アルセ完勝。デヌが信じられない。といった顔でアルセを見ていた。その顔には、畏怖が見え隠れしていたのは僕の気のせいかもしれない。




