その幼女を救う変態を僕は知らない
ふっと、力を入れた瞬間息が漏れる。
ネフティアは踏み込むと同時に真下からチェーンソウを振り上げる。
目前に居るプリカは即座に反応して避けた。
やはり一番にネフティアを警戒している。
近づいた瞬間、アルベルトと辰真を放置しての反応だ。
サイドステップと同時に突撃。
ネフティアを殺さんとばかりに飛びかかるプリカ。
だが、今回はネフティアもただアイアンクローを喰らうだけのつもりはない。
持ち手を押さえに来たプリカの腕に反応し、自分の両手を引いて顔を前に出す。
受け止めるための手は攻撃に転化すらできていない。
そんなプリカの手に、思い切り噛みついた。
自分が食いつかれるとは思っていなかったプリカが驚きと共に悲鳴を上げる。
慌てて引いた腕に呼応して、ネフティアは再びチェーンソウを振る。
横合いからの一閃。
避け切れなかったプリカの胴が半分切り裂かれる。
しかし、内蔵が飛び出るより先に回復魔法が傷を塞いだ。
「GAAAAAAAッ!!」
咆え猛るプリカ。しかし彼女に今武器はない。
もはやただの野獣でしかない彼女には、ネフティアに反撃する術がなかった。
悔しげに唸りながら一度下がる。
しかし逃すはずもなかった。
プリカが下がればネフティアが走り寄る。
突き出されたチェーンソウ。
ぎりぎりで背中を反って避けるプリカ。
目の前を高速で稼働するチェーンソウの腹が通り過ぎ、若干理性が復活した気がした。
地面に手を突くと同時に足を振り上げる。
ブリッジ状態からの一撃がネフティアの顎にヒットした。
何が起こったかすら理解していなかったらしいネフティアが顎を打ち上げられ上空へと浮き上がる。
直ぐに落下して背中から地面に激突。受け身を取れなかったせいで痛みで少し動けなかった。
そして、それはつまり、プリカに好機を与えてしまったことを意味する。
阻止しようと背後から襲いかかる辰真の腕と水晶剣を同時に受け止めたプリカは、力任せに二人を吹き飛ばし、痛みに呻きつつも起き上がろうとしたネフティアに歩み寄る。
涎塗れの口がカパリと開いた。
喰い殺される。
ネフティアは思わずそんなことを考える。
実際、プリカもネフティアの喉元向けて倒れ込むように襲いかかってきた。
「フォ」
だが、次の瞬間、プリカに衝撃が襲った。
予想外の場所から予想以上のダメージを受けたプリカはぐぎゃっと悲鳴を上げて吹き飛んでいた。
野生の勘すら、働く余裕も無かった。
何が起こったのかと自分を吹き飛ばした相手を見てみれば、ネフティアを守るように仁王立つ一人の全裸男。雄々しく勃つじゃなく立つ変態紳士が、プリカにステッキを向けていた。否。それはステッキですらない。すらりと伸びた刃先は鋭く尖り、まるでプリカを突き刺さんとばかりにきらりと光る。
仕込杖。否、仕込みステッキとでも言うべきか。ステッキの底部分が取り外され、レイピアのように尖った武器と化していた。
いつの間にか生えていた、クルンとカールした口髭を右手でさすり、ふむ。とばかりに頷く変態紳士。仕込みステッキを振るい自分の身体を確かめるように動かしながらプリカに視線を向けた。
その顔は、先程までの無力に嘆いていた男ではなかった。
ただ、幼女を守るために現れし守護者の顔がそこにあった。
「行きますぞ?」
人にも理解可能な言葉が吐き出される。
まだ少し片言な気はしたが、野生化しているプリカにはどうでもいいことだった。
ばっと身を起こし突撃体制に入るプリカ。しかし、次の瞬間、目の前をぶらつく物体に目を点にする。
変態紳士の変態が目の前にあった。
「それは私のオイナリサンですぞ」
どっかの変態がいうような台詞を吐いて、変態紳士がステッキを振る。
「フォォォォォォッ!!」
百枝刺し。
先程までなら全て感で避けれていた。
だが、今回はその反応速度を上回る。
プリカは咄嗟にガードを固めるが、そのガードごと突き刺さってくる仕込みステッキ。
全身を貫かれ血飛沫滴るプリカは必死に回復魔法を唱える。
だが、その顔面を変態紳士のアイアンクローが掴み取った。
先ほどとは反対に、空中へと掴みあげられるプリカ。
声にならない咆哮で暴れるが、全く意に介さない変態紳士は、迷うことなくプリカの顔面を地面に突っ込んだ。
バギャっと物凄い音とともにプリカが痙攣して動かなくなった。
「フォッ」
幼女の御蔭で勝てましたな。そんな意味を持った鳴き声を漏らし、変態紳士は尻を引き締めネフティアのもとへと歩きだす。
ぞくっとしたネフティアが嫌そうな顔をしていたが、気にすることなく変態紳士は彼女の眼前までやってくると膝を折り、傅いた。
「フォ」
姫、貴方のために、脅威を排除しました。
まるで忠誠騎士のように頭を垂れる変態紳士。
ネフティアは混乱しながらも兄に助けを求める。
そんなネフティアに助けを求められてもどうすればいいのか分からないアルベルトは、ふと、起き上がる気配に気付いた。
思わず武器を構えてネフティアの横に走り寄る。
変態紳士も異変に気付いた。
顔を向けると、ムクリ、起き上がったプリカが立ち上がる。
勢いよく立ちあがり過ぎて上半身が背後に反り返っていた。
両腕をぶらんと力なくたらし、虚空を見上げる姿は、不気味としか言いようがない。
「ふふ。ふふふ。さすがに強いや。強いなぁ。でも……だからこそ。譲れない」
意識を取り戻したらしいプリカだが、その言動はやはり狂気に満ちていた。
「ワンバーちゃんは私のモノ。誰にも渡さない。私が喰うんだ。全部喰うんだ。一生食い続けるんだッ。邪魔……しないで?」
上半身を起こすプリカ。その顔を見たアルベルトは、一瞬だが確かにビクンと恐れてしまった。それ程に、鬼気迫る顔をしていた。




