その幼女の守護者を僕は知らない
喉突き。
プリカが口を閉じてステッキを噛み砕くより先に、喉の最奥を思い切り突かれたダメージでプリカが地面を転がり悶絶する。
獣のような唸り声と共に怒りを露わにするプリカは胃液を吐き散らしながら息荒く立ち上がる。
敵意は完全に目の前のタキシードの男に向いていた。
初老の紳士はステッキを地面に付けてフッと笑みを浮かべる。
まるでこの夫婦にはこれ以上近づけさせません。そう告げているようだった。
直ぐにステッキを掲げ、プリカに先端を向ける。
フェンシングの構えを行い、プリカをしっかりと見る。
行きますよ! そんな「フォッ」という声とともに、踏み出しと同時に放たれる百枝刺し。
連撃を身を捩るだけで避けるプリカ。
そこへ突撃して来た辰真が闘いに加わる。
既にエンリカは参戦不能だ。陣痛が始まったのか、お腹を押さえて呻いている。
どうすればいいのか分からないのでネフティアものじゃ姫もただただおろおろするだけだ。
なんとか出来そうな女性陣は軒並み気絶済み、力が入らない状態のサヤコが無事といえば無事だが、彼女は動くことすら満足に出来ないようなので無謀だろう。
殿中でござるや無礼でおじゃるにお産を手伝うなど無理。
ガルーも手には負えないだろうということで、皆が召喚された傍からのじゃ姫の周りでおろおろとしている。
そんな中、にっくんが動きだしエンリカのもとへ向う。
自分が使える魔法を幾つか組み合わせ大地の桶を創り煮沸し、適温に冷やした産湯を創る。
地、火、水、氷と魔法を連続で作ったにっくんが一番しっかりしているようだったが、何処でこんなモノを習ったのか。とにかくエンリカは助かったとばかりににっくんを撫でる。
バサリ、タキシードが空を舞う。
一段階強化された変態紳士が動きを速め、プリカを攻撃。
辰真と協力しながらエンリカから距離を取って行く。
「そこだッ!」
丁度右からの辰真と正面の紳士の攻撃を両手で受けた瞬間だった。
背後から斬りかかられる気配にはっとプリカが顔を向ける。
そこには、プリカに水晶剣を振り降ろすアルベルト。
「いい体つきのねーちゃんだが、残念だ」
パキィンと水晶剣が破砕した。
そのダメージは、プリカに入らない。
なぜならば。プリカ自身が水晶剣を噛み砕いたからだ。
口で一撃を受け止めたプリカにより水晶剣は粉砕されていた。
まさかの一撃に驚くアルベルト。
地を蹴ったプリカのサマーソルトキックから放たれた爪先がアルベルトの頭蓋に襲いかかる。
咄嗟に予備の水晶剣で守る。
破壊された水晶剣の残骸がキラキラと舞う。
ぎりぎり受け止めたアルベルトは横っ跳びに逃れて息を吐く。
反応が良過ぎる。奇襲すらできないらしい。
だが、アルベルトに反撃しようとするプリカが反撃してくる事はなかった。
彼女が動きを見せれば、即座に反応した紳士と辰真により動きを止められる。
波状に放たれる二人の攻撃に、さすがのプリカも動くことが出来ないらしい。
「オルァ!」
「フォ!」
しかし、プリカもまた、魔王を越えた者。二人の動きに慣れて来たようで所々反撃を入れ始めると、波状攻撃はまたたく間に崩された。
アルベルトも時折参戦するが、ほぼ無視されている。
どうやら目の前の二人より実力が低いと判断されたようだ。
確かに水晶剣は高威力であり魔王を倒すことはできるだろう。
しかし、数千年前に猛威を振るった魔王がどれ程であろうとも、同じ魔王種である辰真と幼女を守って際限なく強くなり始めている紳士を相手に互角以上に闘うプリカにとっては魔王一体倒した程度の水晶勇者は警戒する強さでもなかった。
ソレを自分で理解してしまったアルベルトが臍を噛む。
数千年の間に、自分の強さが最上ではなくなってしまっているのだ。これ程悔しいことはない。
だが、だからこそ、ここで悔しがっているばかりではいられない。
自分とて守りたいモノがいる。見栄を張りたい者がいる。
おろおろとしているネフティアを見る。
アルベルトにとってはまだ記憶にすらないが、自分の実の妹らしい。
いい女に育っているようだ。自慢の妹となるだろう。
ならばこそ、そんな妹に胸を張れる兄でありたい。
国を滅ぼした放蕩息子として父に認識されたまま死なせてしまったが、せめて妹だけにでも、自分が勇者であったと胸を張って兄を自慢してほしい。
だから、こんなところでモブになってなどいられない。
柩のところまで一度下がり、手に持てるありったけの水晶剣を引き抜く。
対魔王戦で使った最後の一撃。
両手で持てるだけの水晶剣を手にしての破れかぶれの総力戦。
今回は、破れかぶれではないが、これくらいしないとプリカには通じないだろう。
「行くぜ……水晶乱舞ッ」




