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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第二話 その武闘大会の優勝者を僕は知りたくなかった
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AE(アナザー・エピソード)その極致の先へ、彼女が至った別の道をまだ誰も知らない

 気が付けば、リエラは青海のただ中に迷い込んでいた。

 実際に海に入った訳じゃない。

 ただ、水の中のような不自然な静寂。


 周囲の音は妙に間延びし、皆の動きが止まって見える。

 この光景を、知っていた。

 ついに至ったという感動は無い。ただ、動かぬ心はたった一人の敵に集中している。


 近づいて来るチグサの動きは、前回の比ではない。

 この状態のリエラでも普通に動きまわっているチグサが見えるのだ。

 きっと、素の状態であったなら、チグサの動きを見切るのは不可能だろう。


 明鏡止水。カインが使った時はショックだった。

 自分だけが至れるスキルだとばかり思っていたのだ。

 知らない内に、天狗になっていたのを思い知らされた瞬間でもあった。

 だから、気付いた。もしかしたら、この世界の誰かも、この明鏡止水を手に入れているのでは?

 そしてそんな存在と敵対する事になったなら?


 村人で、素人で、大した実力も無い自分がチグサに勝ったのだ。そんなスキルをチグサが使ってきたら? もはや自分の強さなどあって無いようなモノだ。所詮はド素人の域を出ない。

 ちょっと上位スキルが使えるだけの素人。そこに甘えていてはいけない。

 強さを求めるなら、その先へ。

 カインは求めた。だから、至った。明鏡止水のその先へ。


 ならば。凡人である自分はさらに努力しなければその高みへと至れない。

 相手が勇者だからと諦めるのは簡単だ。でも、そんな自分を鼓舞してくれる仲間がいて、助けてくれる人がいる。

 だから、私も先へ行こう。立ち止まっていられない。ストレスなんかに負けていられない。

 追い込め、自分を追い込みさらに先へ。


 飛び上がったリエラは雷鳥瞬獄殺を打ち放つ。獣と化したチグサはその動きに反応して見せた。

 一撃一撃を剣でいなされる。

 きっと、いつものリエラならばその動きを見ただけで身が硬直して敗北するだろう。

 明鏡止水中だからこそ心の動きもかなり鈍くなっているだけだ。


 音速突破を使用する。

 さらに早くなるリエラだが、予想以上にチグサの野生の勘が凄かった。

 素早い剣撃を全て躱される。


 落下と同時に互いに距離を取る。

 唸り声を上げるチグサは既に人間の域に居るようには思えない。

 今のリエラは獣化したチグサと拮抗した実力のようだ。

 可能性としてはチグサが失った耳の傷が何らかの影響を及ぼしてくれることに期待するくらいだ。


 チグサは直ぐに体勢を整え動き出す。

 やはり早い。明鏡止水中であっても野生の狼並みの動きをしてくるチグサ。

 ゴールドダガーを握り込んだリエラは考える。

 彼女を倒すにはどうすればいい?

 カインのように涅槃寂静へと至る?

 それは無理だ。

 今のリエラでは明鏡止水の先を目指すには早すぎる。

 未だこのスキルも満足に扱えていないのだ。天才の後を追っても凡人では届かない。


 凡人にできることは、その天才が階段抜かしで行った事を一つ一つ、一歩一歩確実に踏みしめながら昇って行くことだけだ。

 歩みは遅く、いつ至れるともわからない。でも、真似をするくらいなら。出来る。

 今あるスキルを上位に引き上げる。

 それも無理なら、二つのスキルを三つのスキルを……繋ぐ!


 飛びかかってきたチグサを雷電崩でスタン。再びライジング・アッパーで跳ね上げる。

 同じパターンだったけど、なんとかチグサに当ってくれた。

 上空へと跳んだリエラは追撃の雷鳥瞬獄殺。


 しかし、二度も喰らうかとばかりにチグサは先ほどよりも早い動きでリエラの技の発動を悉く潰して来る。

 やはり、これだけでは無理だ。ならば!

 幻影斬華。雷鳥瞬獄殺。この二つを同時に発動させる。

 今の自分ならば、出来る。出来るかどうかじゃない。出来ると肯定し、その出来ることをただ行うだけなのだ。

 これだけじゃ不安だ。チグサを完全に仕留めるには……双牙斬も加えよう。


「麒麟……天獄殺ッ!!」


 刹那、リエラの身体がぶれる。

 無数に別れたようなリエラの動きに戸惑うチグサ。その周囲から、無数のリエラが全力で斬りかかる。

 その殆どは幻影。そのはずなのに、全ての方向のリエラの攻撃が、悉くチグサを傷付けていく。

 必死に唸りながら反撃するチグサ。今回ばかりは受けきれないと、防御を捨ててリエラの幻影を貫き殺して行く。

 しかし、本物に当らない。


 怒り狂うチグサが暴れ回る。これを撃破せんと無数の剣撃を振るうリエラ。

 石畳に二人が落下した時、バックステップで距離を取ったリエラが肩で息をしながらチグサを見る。

 会場の中央で倒れたチグサ。

 倒したようにも見える。

 しかし…… 


 呆然と魅入る観客たちは見てしまった。

 ゆっくりと立ち上がるチグサを。

 幽鬼のようにゆらりと立ち上がったチグサは折れたままの刀を投げ捨てる。

 口元から漏れ出た血を舐める。

 懐に手を入れると、すらりと引き抜く護身刀。


「そうよ。これよ。これが、貴女の実力。ようやく会えた。ようやく闘えた……さぁ、連れていって。私をその高みへ……」


 ニタリと笑みを浮かべる口元。ざんばら髪となった髪のせいで表情が見えないのが無駄に不気味に映る。

 そんなチグサが片手で手にした剣は、名刀葛斬。どうやら先程までの刀はこの大会用にどこかで買った剣だったらしい。ここからが、本番だ。そんな宣言をするように、ゆっくりと走り出す。

 やがて物凄い速度に加速したチグサが巻き込むような剣閃で襲いかかる。


 明鏡止水状態のリエラでも即座に反応出来ない一撃。

 手元を弾かれゴールドダガーが宙を舞う。

 ソレを思わず目で追う観客。


 真上に振り上げられたチグサの刀が、彼女が渾身の一撃で足を踏み出し大上段に斬り降ろす。

 リエラを真っ二つに切り裂く全体重を乗せた重い一撃。

 これを……二つの掌が、パンッと一度、合わさった。

 リエラを切り裂く頭上数センチ。名刀葛斬をリエラが白刃取りで捉えていた。


「悔しかった。許せなかった。怒りで我を忘れる程にっ。でも、ようやく、気持ちに整理が付けられそう。リエラッ!」


「チグサさん……ッ!」


 ぐっと、手に力を入れる。

 パキィンと、澄んだ音が一度だけ、響き渡った。

 折られた刀にチグサが傾ぐ。その胸元へ、折れた刃を返すように、リエラの最後の一撃が放たれた。

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