その少女の成長を、彼女は知りたくなかった
幻影斬華。自分の幻影を相手に見せ、別の場所に攻撃を行うという上位剣技スキルである。
使われたスキルに驚くチグサだが、その類稀な動体視力は幻影に惑わされること無くリエラを細く観察していた。
未熟過ぎる。
まだ明鏡止水を使わないのか?
そんな苛つきが彼女の顔にはあった。
怒りで我を忘れそうになる。
ともすれば一撃でリエラを粉砕しかねない。
彼女にとってはリエラは雑魚敵なのだ。
村人でしかないのだから。新人冒険者でしかないのだから。
鍛え上げられた兵士ですら敵わない勇者であるチグサに、ちまちました小細工を弄したところでどうなるものでもない。
「ふざけルナッ!!」
怒りと共に振り抜かれた一閃。
リエラがソレをしっかりと見定め真下に避ける。
避けられたことに驚いたチグサ。
その懐へと入り込んだリエラがゴールドダガーを思い切り跳ね上げる。
「アッパースイング!」
電気すら纏っていないカチ上げの一撃。
剣を振るった体勢だったチグサは避けることすらできず跳ね上げられる。
村人などに、跳ね上げられた。
そんな驚きがあった。
そして、明鏡止水すら使っていないリエラに翻弄された自分に更なる怒りが募る。
こんな素人に、してやられた。
強化スキルすら使われずにバカにされた?
空から落下するチグサに、更なる一撃が襲いかかる。
「不沈撃!」
拙いながらも繰り出されたスキルで再び上空へと飛び上がるチグサ。
その思考は既に停止していた。
迎撃しなければという思いと、明鏡止水に至って無いリエラなどにしてやられているという愕然とした衝撃、そして全ての事象への怒り。様々な物がごちゃまぜになってチグサの動きを止めてしまったのだ。
「不沈撃不沈撃不沈撃不沈撃不沈撃不沈撃っ!!」
リエラは息も絶え絶えに、必死にチグサをカチ上げ続ける。
手は一度とて止められない。
チグサが地上に戻ってしまえば、おそらくリエラは一瞬で潰される。
明鏡止水に至れないからこそ、このハメ技に賭けるしか、彼女には手が無いのだ。
「不沈撃不沈撃不沈撃不沈撃不沈撃……撃っ!!」
声がかれてスキル名も満足にでなくなるが、それでもカチ上げ続ける。
絶対に止めない。チグサの体力が無くなるまで、絶対に地上に戻さない。
ここで仕留める。
でも……やはりまだそこまでの実力は無かった。
疲労と喉の痛みで手元が狂う。
上手く飛ばなかったチグサが石畳に激突した。
けほけほと喉を鳴らすリエラ。
その視線が絶望的な光景を捉える。
石畳へと落下したチグサは、唸り声を上げながら四つん這いで口に折れた刀を咥えていた。
チグサが切れた。僕とリエラは青い顔になっているだろう。
でも、そんなことチグサには関係ない。殺す気で、飛びかかる。
まさに獣。リエラの側面へと回り込むように駆け出すチグサ。
猛獣のように迫りくるチグサに、リエラは思わず身を竦ませる。
慌てて柩でガード。
目を開くリエラが見たのは、柩に四足付けて横っ跳び、石畳を蹴りつけさらにリエラの側面へと回り込んだチグサだった。
来るっ。
気付いたリエラはごくりと生唾飲み込み覚悟を決める。
側面から頸動脈目掛けて飛びかかったチグサに、リエラは迷うことなくスキルを発動させた。
「双牙斬!」
チグサの一撃とリエラの剣が交錯する。
チグサの耳が吹き飛んだ。
血が噴き出すがチグサはくるりと空中で体勢を入れ替え石畳に四足で着地、血が流れるのも構わず再突撃を行う。
「双牙斬!」
逆の耳が吹き飛んだ。
代わりにリエラの頬から血が噴き出す。
痛みに悲鳴をあげそうになったリエラだが、涙を堪えて悲鳴を飲み込む。
「私がやらなきゃ。もう、もう皆の足手まといのままでいられない……私がやらなきゃ。私がやらなきゃ……」
まるで自身に教え込むように、繰り返し呟くリエラ。
少しづつ、集中していくのが僕にもわかった。
やがて、チグサだけを見つめ始めたリエラ。口からは私がやらなきゃ。がずっと呟かれ続けている。
視界が少しづつ光を失うように、瞳孔が窄まる。
何かが変わった。
そんな気がした。
次の瞬間、唸り駆け出すチグサに向けて、リエラから突撃する。
口から洩れるのは同じ台詞だけ。しかし、その動きは先程までの素人然とした動きではない。
まるで歴戦の英雄の如く、迷い無い動き、無駄の無い動き。
明鏡止水の極致へと、彼女が至ったことを知った。
自力で、至ったのだ。戦場で自分自身を無理矢理追い込むことで、ついに自分の意思で、リエラが明鏡止水を使った瞬間だった。
電撃を纏ったゴールドダガーが、喉元目掛けて飛びかかったチグサを穿つ。雷電崩でチグサをスタンさせ、ライジング・アッパーによる一撃がチグサを上空へと跳ね上げる。
しかし、落下して来たチグサは空中で体勢を整え迎撃姿勢。
そんなチグサへと、リエラが飛び上がっていた。




